理化学研究所(理研),広島大学,大阪大学,東北大学は,生きた細胞や組織の筋活性を非接触・非侵襲で定量的に評価する技術の開発に成功した(ニュースリリース)。
心筋のビデオ分析に基づく心拍測定は,簡単かつ非侵襲的に心機能を評価できるが,主に筋力を発生するタンパク質(ミオシン)そのものの機能を選択的に見ているわけではないため,ミオシンの力の発生を直接測定することが理想的となる。
しかし,ミオシンの力を測定する技術は全て,原子間力顕微鏡,牽引顕微鏡,磁気/レーザートラップなどの接触測定か,レーザーアブレーションなどの侵襲的測定に限定される。
そこで研究グループは,筋収縮に伴うミオシンの構造変化に着目。生体を透過できる「光」で,力が発生する際のミオシンの構造変化を検出できれば,力を測定できなくても,生きたミオシン活性を非侵襲・非接触で評価できる可能性があるため,非線形光散乱現象である光第二高調波発生(SHG)に着目した。
SHG光は,光を照射された物体の永久電気双極子モーメントとそれらの配列を反映して発生する。これは,タンパク質の構造が変化すると,観察されるSHG光も変化することを意味する。実際に,この特徴を利用することで,筋原線維から発せられるSHG光の偏光特性(SHG異方性)が,筋肉の硬直状態と弛緩状態において異なることが報告されている。
筋肉は,ミオシン繊維上のミオシン分子が構造変化を起こして,アクチン線維を引っ張ることで力を発生する。そのときのミオシンの構造変化がSHGの偏光特性に変化を与えるため,SHG光の計測からミオシン活性を求めることは原理的に可能。しかし,単一心筋細胞内,かつ,拍動中のSHG異方性を計測した報告はなかった。
これはSHG光が非常に弱く,計測感度が不足していたためだが,理研らは世界最高感度のSHG偏光顕微鏡の開発に成功しており,この高感度SHG偏光顕微鏡を用いた。
SHG偏光顕微鏡の実証実験として,まず健常者由来のヒトiPS細胞から分化させた心筋細胞を観察したところ,固定や染色などの調製を一切行なうことなく,細胞を生かしたまま筋肉構造を選択的に可視化できた。
開発したSHG偏光顕微鏡は,サンプルに入射する光の偏光を高速に制御できる独自開発したデバイスを搭載し,1秒間に12.5枚の画像を取得できる(時間分解能80ミリ秒)。そのため,心筋細胞が1秒間に複数回の拍動中であっても,そのSHG偏光を正確に計測できる。
こうして研究グループは,取得したSHG光の偏光特性からミオシン活性を表す指標を計算することで,心筋拍動に同期したパルス状のミオシン活性の直接評価に初めて成功した。
研究グループは今後,この手法が,心筋症,iPS研究,晩発性放射線被ばくの影響研究などにおけるメカノバイオロジーに不可欠な研究ツールとなるとしている。