情報通信研究機構(NICT)は,電磁波研究所において,昼夜を問わず,あらゆる方向の大気中の水蒸気と風を同時に観測可能な差分吸収ライダーの開発に成功した(ニュースリリース)。
大雨が発生する前の大気中の水蒸気と風の情報を得る観測装置が開発されているが,目に安全でないレーザー光を用いる装置は鉛直方向の水蒸気観測に限られることや,昼間の観測では太陽背景光の影響を受けるため,昼夜を問わず,あらゆる方向の水蒸気と風を同時に観測できる装置はなかった。
今回開発した水蒸気差分吸収ライダーには,目への安全性が高い波長2μm帯の赤外線レーザー光を用い,任意の方向にレーザー光を射出できる。
また,波長2μm帯はライダーに用いられる他の波長帯に比べて太陽背景光の影響が小さいが,それに加えて,狭帯域な受光システムを用いることにより,太陽背景光の影響を大きく抑制する。これら二つの技術により,昼夜を問わない大気中の水蒸気と風の連続観測を実現した。
このシステムのレーザー光送信系は,主に以下の3つのユニットから構成されている。
①波長2ミクロン帯の単一波長の連続波を発振させるシードレーザー
②シードレーザーの波長を観測に適した波長に制御する波長制御装置
③波長制御したシードレーザーを光注入同期光源とする高出力パルスレーザー
水蒸気の吸収波長と非吸収波長のパルス状の送信光を交互に大気中に照射する。大気中のエアロゾルによる散乱光が戻ってくるまでの時間から距離を観測する。そして,ドップラー効果を利用して,視線方向の風速を観測することができる。
また,散乱光が差分吸収ライダーに戻ってくるまでの間に水蒸気により吸収される強さが2つの波長で異なる,つまり,散乱光の強さの差を利用して水蒸気量を観測する。
さらに,この水蒸気差分吸収ライダーに,独自のレーザー光の波長制御技術を組み込むことにより,水蒸気量の多い夏季の実観測において,観測結果がラジオゾンデと良い一致を示すことと,気象予報モデルへのデータ同化に要求される測定誤差10%以下を達成できることを実証した。また,地表付近の水蒸気と風の水平観測を行ない,地上気象観測と良い一致を示す結果が得られた。
水蒸気の観測値を,天気予報の数値予報モデルへデータ同化することで,線状降水帯の予測精度が向上する。このライダーは,さらに,風の同時観測も可能なため,水蒸気と風を同時にデータ同化することで,線状降水帯の発生位置の予測精度が更に向上することが期待されるという。
研究グループは今後,この水蒸気差分吸収ライダーの社会普及を目指し,安価なシステム開発を行なっていくとしている。