立命館大学,大阪大学,筑波大学,慶應義塾大学は,近赤外領域に光吸収を示すπ電子系を新たに合成し,脱プロトン化によって得られるジアニオンがジラジカル性を示し,共存する対カチオンによってその特性が変調することを解明した(ニュースリリース)。
π電子系に炭素以外の原子を組み込むことで,電気陰性度や原子半径の違いによって物性の変調ができる。例えば,キノンメチドと呼ばれるユニットをπ共役ユニットで架橋したπ電子系(π拡張キノン)は,酸化還元特性や近赤外吸収を示すだけでなく,芳香族性の獲得にともないジラジカル性を示すことからさまざまな分野で注目されている。
また,キノンメチドユニットを連結するユニットによって物性が変調できるため,機能発現をめざした研究が行なわれている。しかし,π拡張キノンは反応性が高く取り扱いが困難であることから報告例が少なく,物性の検証に課題があった。
研究では,安定なπ拡張キノンの連結ユニットとしてジピロリルジケトンホウ素錯体PBの導入を検討した。ジケトンホウ素骨格は,双性イオン型の共鳴構造を形成するため,交差共役系においても共役が伸長することが予想され,π拡張キノンの安定化を期待した。さらに,ピロールのプロトン(H+)は脱離することで,電荷の付与や電子状態の変調が可能となる。
この設計指針をもとに,ピロール周辺に適切な修飾を施すことによってキノンユニットを安定化し,PBを基盤としたπ拡張キノンQPBを合成した。塩基を用いた脱プロトン化によってπ電子系
アニオンQPB–へと変換され,HSAB則に基づくイオンペアメタセシスによって,さまざまなカチオンとのイオンペア形成が可能であることを見出した。
さらに,QPBは2当量の塩基によって近赤外領域である1500nm付近に吸収を示すジアニオン体QPB2–へと変換でき,QPBおよびQPB–は閉殻系であるのと対照的に,電子スピン共鳴からQPB2–が開殻系(ジラジカル)であることが示された。
このとき,共存する対カチオンの種類(π電子系かどうか)に依存してQPB2–のジラジカル性の安定性や電子スピン密度に影響を与えることが明らかになった。この結果は溶液中でのイオンペア形成によって,電子状態や磁性の制御が可能であることを意味する。
さらに,昇温によって電子スピン共鳴のシグナル強度が上昇することから,基底状態が一重項ジラジカルであり,三重項ジラジカルに熱励起されることが示唆された。研究グループは今回新たに見出した物性について,電子スピンおよびイオンペア間にはたらく分極を利用した強磁性強誘電体などの電子・光機能材料への展開につながるとしている。