北海道大学の研究グループは,熱の伝わり方を電気スイッチで切り替える全固体電気化学熱トランジスタを実現した(ニュースリリース)。
「熱流」のオンとオフを切替えることができる「熱トランジスタ」が実現すれば,電子機器から放出される微小廃熱の有効再利用に繋がるだけでなく,半導体集積回路の熱制御デバイスや,熱のシャッター,熱のディスプレーなど,これまで無かった装置として応用ができる。
これまでにいくつかの熱トランジスタが提案されてきたが,電解液を利⽤した電気化学熱トランジスタは液漏れの⼼配があるなど,実⽤化に至っていない。
研究では,液体を一切使用しない全固体電気化学熱トランジスタの開発に取り組んだ。活性層には,結晶中の酸化物イオンの出し入れができるコバルト酸ストロンチウム(SrCoOx,2≤x≤3)を用いた。また,固体電解質としては酸化物イオン伝導性固体電解質であり,単結晶基板が入手可能なイットリア安定化ジルコニア(Y2O3安定化ZrO2,YSZ)を選択した。
作製した熱トランジスタは,上部電極のPt薄膜(膜厚60nm),活性層のSrCoOx薄膜(膜厚60nm),固体電解質のYSZ単結晶基板(厚さ0.5mm),下部電極のPt薄膜(膜厚40nm)から構成されている。なお,SrCoOx薄膜とYSZの化学反応を防ぐ目的で,膜厚10nmのガドリニウムドープ酸化セリウム(GDC)薄膜をSrCoOx/YSZ界面に挿入した。
この熱トランジスタを空気中,280℃に加熱し,電気化学的酸化・還元処理を施すことにより,SrCoOxの熱伝導率を繰り返し変化させた。
研究グループは,まず,酸化・還元を繰り返すことによるSrCoOx薄膜の結晶格子変化を調べた。酸化・還元前のSrCoO2.5薄膜の格子長は0.1976nmだった。酸化後のSrCoO3薄膜は0.1898nm,還元後のSrCoO2薄膜は0.1853nmであり,電気化学的に酸化・還元を繰り返してもSrCoOx結晶は崩れず,安定であると言えた。
次に,繰り返し酸化,または還元した後に熱伝導率を計測した(熱伝導率の繰り返しサイクル依存性)。完全に酸化されたペロブスカイト構造のSrCoO3は高い熱伝導率~3.8W/mK(平均)を示すのに対し,完全に酸素が欠損した欠陥ペロブスカイト構造のSrCoO2は低い熱伝導率~0.95W/mK(平均)を示した。
熱伝導率のオン/オフ比は4であり,これは電解液やイオン液体などの「液体」を用いた熱トランジスタと比較してそん色ない。研究グループは,液体を一切使用しない全固体電気化学熱トランジスタの開発に成功したとしている。