東京大学と理化学研究所は,正三角形の対称性を持つファンデルワールス結晶である二硫化モリブデン(MoS2)を歪ませることで,面内に電気分極とそれを反映した巨大な光起電力効果が生じることを発見した(ニュースリリース)。
ファンデルワールス結晶は,その柔軟性から曲率構造や巨大な面内歪みを容易に実現でき,それによって元の結晶にはない特徴的物性や機能性の開拓が可能になる。グラフェンをはじめとするさまざまなファンデルワールス結晶において,そのような歪みによる量子輸送特性や光機能性の変調が報告されている。しかしながら,変形による結晶対称性の変化と新奇物性の発現の可能性は注目されてこなかった。
研究では,歪み印加が可能な特徴的デバイス構造を用いて,極性を持たないファンデルワールス結晶であるMoS2が持つ正三角形の対称性を制御し,光起電力応答の変化を調べた。
劈開して得られるMoS2薄片試料を二つの平行な段差構造を持つ電極に橋渡しするように転写した歪みが無視できるデバイスでは,光を照射した場合に電気伝導度の変化は観測されるが,印加電圧なしの状況下では自発的な光電流は流れない。
一方で,転写時に薄片試料を電極間の溝にまで押し込むようにして転写することで一軸性歪みが印加されたデバイスを作製すると,結晶対称性が低下して面内に分極が発現し,そのようなデバイスに光を照射すると印加電圧なしの状況下で明瞭な光電流が観測されることを発見した。
光電流は歪みによって誘起された分極と平行な方向に観測され,それとは垂直な方向には観測されないこと,また,光を電極から離れた位置に照射しても有限の光電流が生じることから,バルク光起電力効果であると結論付けた。
加えて,光電流の大きさが歪みの大きさを増大させていくに従って増えていく様子が観測され,分極と光電流の大きさが密接に関係していることが示唆された。さらに,光電流の照射光強度依存性や照射光エネルギー依存性等から,観測されたバルク光起電力効果が,電子の波束の重心位置が光照射下で空間的に変化するという量子力学的な機構によって説明できることを見出した。
今後,歪み印加手法の改善によって,より大きな歪みの実現と発電効率の向上が期待されるという。また,この方法は,他の類似の対称性を持ったファンデルワールス結晶に広く適応可能で,さまざまなファンデルワールス結晶の歪み対称性制御による機能性開拓が進むと予想する。
さらにこの成果は,バルク光起電力効果の巨大化には分極の発現が重要であることを示唆しており,研究グループは今後,対称性を反映した光起電力応答やその他の新奇固体物性を開拓・考察していく上での重要な知見を与えるとしている。