海洋研究開発機構(JAMSTEC)は,X線CTを用いて海底堆積物から過去の深層水炭酸イオン濃度を定量的に復元する手法を世界で始めて実用化し,最終退氷期初期(約19,000-15,000年前)に南大洋チリ沖の深層水が二酸化炭素を大量に放出していたことを明らかにした(ニュースリリース)。
これまで,地球は約10万年周期で寒冷な氷期と温暖な間氷期を繰り返してきた。約115,000年前に始まった最終氷期は約20,000年前に極大期を迎え,氷期から間氷期へと移行する時期(最終退氷期)に気温は上昇するとともに,大気中の二酸化炭素濃度の大規模上昇が起こっていたことが知られている。
深層水の循環の変化が,大気中二酸化炭素濃度上昇の理由の一つと示唆されているが詳細は明らかになっておらず,この謎を解明するためには,過去の深層水中の炭酸イオン濃度を復元し,二酸化炭素が海水に溶け込んでいた量(炭素貯蔵量)を定量的に見積もる必要があった。
そこで研究グループは,南大洋チリ沖(水深1,500–4,000m)で採取された海底堆積物試料をマイクロフォーカスX線CT装置(MXCT)で精密分析し,最終退氷期初期およびその前後に存在する浮遊性有孔虫殻から溶解度の時系列の復元を試みた。
浮遊性有孔虫殻の内部構造は溶解の進行に伴い殻中心部の骨格が失われ,密度が低下した部位が見られる。密度頻度分布(CT値ヒストグラム)による殻溶解測定では,保存状態の良い殻は,高い密度領域に単一のピークを持つ一方,溶解が進行した殻は,二つのピークを持つ分布を示す。
南大洋チリ沖で採取された堆積物中の浮遊性有孔虫殻の溶解強度と現場の深層水炭酸イオン濃度を対比することで,MXCT分析による殻溶解指標から炭酸イオン濃度を算出する換算式を構築した。
他海域と照らし合わせることで南太平洋における深層水炭素貯蔵の3次元的な分布を復元し,最終退氷期初期における炭素放出水塊の分布と放出量を定量的に見積もった結果,水深3,000m付近の水塊で炭素貯蔵量が減少していた事を明らかにした。
さらに,炭素貯蔵量の低い深層水がドレイク海峡を介して太平洋から大西洋へ流出することで,結果的に南大洋全体の海洋炭素貯蔵量が低下したことを明らかにした。研究で示された南大洋深層水の炭素貯蔵量の減少は,同時並行で進行した大気中の二酸化炭素濃度の大規模上昇に大きく寄与したと考えられるという。
研究グループは今回,地球環境システムにおける海洋の炭素貯蔵メカニズムに新たな知見をもたらしたとしている。