横浜市立大学と東京慈恵会医科大学は,多剤耐性株を含む細菌,真菌,ウイルス等の様々な微生物病原体を近赤外光で選択的に除去することが可能となる世界初の治療戦略(photoimmuno-antimicrobial strategy:PIAS)を開発した(ニュースリリース)。
感染症の治療は薬剤耐性病原体の出現により困難になっている。一方で,抗菌剤の使用は病原体以外の常在菌にも作用するため,薬剤耐性状態にかかわらず,問題となる病原体のみを排除することができる治療法の開発が課題だった。
さらに,SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)による感染症のように,今後出現するかもしれない新たな病原体に対しても,迅速に対応できる治療法の開発は喫緊の課題となっている。
研究グループのメンバーが2011年に開発したがん光免疫療法は,がん細胞に発現する標的のみを認識するモノクローナル抗体に,近赤外光に反応する化合物(IRDye700DX,IR700)を結合させた光反応性抗体を用いる。
光反応性抗体が結合したがん細胞は近赤外光をうけることによって,選択的に死滅する。治療効果と安全性は種々の臨床試験によって確認され,2020年,日本において世界に先駆けて,頭頸部がんに対する新しい治療法として実用化されている。
今回の研究では,これらのがん光免疫療法の原理と微生物学の研究を応用し,狙った病原体を選択的に排除可能な新しい感染症治療法の開発を目指した。
細菌病原体である黄色ブドウ球菌に対する作用を検討するため,黄色ブドウ球菌に選択的なモノクローナル抗体にIR700を結合させた対黄色ブドウ球菌用の光反応性抗体を合成した。この光反応性抗体が結合した黄色ブドウ球菌は近赤外光をうけると,数分程度で死滅することが確認された。
一方でこの光反応性抗体が結合しない表皮ブドウ球菌や大腸菌などには影響は認められなかった。黄色ブドウ球菌に対する殺菌効果は薬剤耐性の状態に左右されることはなく,MRSAを含む様々な薬剤耐性株に対しても得られた。
抗菌剤は一般に正常細菌叢を含めた多種の細菌に治療効果を示すため,腸内細菌叢などのバランスに乱れが生じることが知られているが,この治療法による腸内細菌叢への影響はほとんど見られなかったという。
さらに,真菌であるカンジダ菌や,新型コロナウイルスを特異的に認識する光反応性抗体を合成し,この方法が,用いられた光反応性抗体の特異性に応じて選択的に排除されることを確認した。研究グループはこの成果が,既存の治療法で制御困難な病原体に対する新たな治療法の選択肢となり得るとしている。