産業技術総合研究所(産総研)は,窒化物半導体,特に窒化インジウム(InN)やIn含有率の大きい窒化インジウムガリウム(InGaN)に対する薄膜結晶の新しい気相成長技術を開発した(ニュースリリース)。
InNや高In含有率InGaNの成長は,650℃以下の低い温度で行なう必要があるが,窒素系活性種を成長表面に供給するアンモニアガスの効率的な分解には900℃以上の高温が必要なため,高い電子移動度や高い発光効率を持つ薄膜結晶の作製は難しい。
これまで,MOCVD法による高品質InN薄膜結晶の実現に向け,反応室の圧力を大気圧以上に高めた加圧MOCVD法やリモートプラズマによる窒素系活性種供給を行なう減圧MOCVD法などが試みられてたが,得られた結晶の転位欠陥の密度が高く,高品質結晶の実現には至ってない。
産総研ではこれまで,1から10kPaの圧力領域で安定的に動作する準大気圧プラズマ源を開発してきた。これは,従来のプラズマ源よりも1桁以上高い窒素原子密度と動作圧力を特長とする。そこで研究では,既存の原料ガス導入ユニットに準大気圧プラズマ源を統合させたプラズマMOCVD装置を開発した。
この装置を用いて,試料温度650℃で成長させたIn含有率100%のInN薄膜結晶を評価をしたところ,世界最高速の成長速度で世界最高水準の結晶品質を実現できた。なお,基板にはサファイア基板上にMOCVD法により成長させた窒化ガリウムテンプレートを用いた。
結晶方位のばらつきは,測定した面方位に対するものとしては世界最小であり,結晶構造の揺らぎや欠陥が少ないことを示したという。また,転位密度は従来のMOCVD作製結晶に比べて約二桁低い約3×109cm-2だった。さらに,光学的品質を示すフォトルミネッセンススペクトルの半値幅も世界最小値に匹敵する0.1eVだった。
厚さ約600nmのInN薄膜結晶の断面は,100から数100nmおきに転位が存在する以外はほとんど結晶欠陥の発生が見られなかった。算出した成長速度は,0.3μm/時であり,従来のMOCVD技術と比較して2倍以上を実現した。
これにより,高い電子移動度を持つInNによる次世代高周波デバイスやIn含有率30から100%で太陽光の波長域をカバーする高効率太陽電池,In含有率30から40%での高効率赤色発光マイクロLEDなどの実現が期待できる。
研究グループは今後,より高品質なInNの成膜や高効率な赤色発光InGaN量子井戸構造の作製を行なうと同時に,それらを用いた高効率光・電子デバイスの開発を進めるとしている。