広島大学と愛媛大学は,比較的新奇なGaAsBi(砒化ガリウムビスマス)というBi系III-V族半導体半金属混晶の一つを分子線エピタキシー(MBE)法によって生成する際,半導体基板の温度を,180℃と250℃にそれぞれ設定するだけで,非晶質層と単結晶層を作り分けることに成功した(ニュースリリース)。
Bi原子は原子半径が他の元素に比べて大きいことから,GaAsやInAsのような旧来の半導体結晶に取り込むと結晶の構成元素の周期配列を歪ませる。
このためBi原子を数パーセント取り込んだだけで,GaAsBiやInAsBiのようなBi系III-V族半導体半金属混晶(以下,Bi系III-V族半導体)は,①禁制帯幅が急激に小さくなる,②価電子帯上端が高エネルギーシフトする,③禁制帯幅の温度依存性が低減するという3つの特異な物性を発現する。また,Bi原子の大きなスピン軌道相互作用によってBi系III-V族半導体の価電子帯頂上とスプリットオフバンド間のエネルギーが大きくなることも知られている。
これらの基礎特性から,Bi系III-V族半導体は,光通信用半導体レーザー,近赤外・中赤外光検出器,高効率太陽電池,スピントロニクスデバイスなどの半導体デバイスへの新規応用が提案され,特にここ10年ほどで国内外で盛んに研究が進められるようになった。
一般に半導体結晶は,結晶欠陥や不純物を結晶成長中に取り込むことを避けるため,高温で成長させる。低温成長では,成長中の結晶の最表面で半導体の構成元素が自由に動きにくくなり,結晶欠陥が増える。
研究では,THz波発生検出用光伝導アンテナの動作特性に適したGaAsBiを得るため,意図的に低温のMBE成長を試みた。THz波の発生検出特性を向上させた光伝導アンテナを実現するには,結晶品質を劣化させ過ぎない程度に結晶欠陥を程よく結晶内に取り込む必要がある。
その結果,MBE法による生成時のGaとAsの分子線量比率を精緻に調整することで,Bi原子が均一に取り込まれた非晶質GaAsBiと単結晶GaAsBiが得られることがラザフォード後方散乱法から明らかになった。また,250℃という低い温度を用いても,原子配列の乱れが極力少ない単結晶GaAsBiが得られることがX線回折法からわかった。
研究グループは,今回得た試料を詳細に分析したり,割り出した結晶生成条件を活用したりすることで,低温生成時に結晶欠陥が減少するようにBi原子が発揮する,いわゆるサーファクタント効果の解明や,少ないながらも結晶内に存在する結晶欠陥を生かした半導体デバイスの開発が前進することが期待されるとしている。