金沢大学と産業技術総合研究所は,生きた細胞の内部においてナノスケールの構造やその動きを直接観察できる原子間力顕微鏡(AFM)技術を開発することに成功した(ニュースリリース)。
生きた細胞の中のナノスケールの構造および動態を理解することは,既存の観察技術ではほとんどできていない。
例えば,蛍光顕微鏡では蛍光ラベルをつけた生体分子の位置を知ることはできるが,分子自身の形を観ることはできない。一方,電子顕微鏡では凍結した細胞の内部をナノレベルで観ることはできるが,液中で動作する様子を観ることはできない。
それに対し,原子間力顕微鏡(AFM)は,液中で生体分子の構造を直接観察できる現在唯一の技術だが,観察対象の表面を鋭くとがった針でなぞることで表面形状を知るという原理から,膜に覆われた細胞の内部にある立体構造を観ることは不可能だった。
研究グループは,生細胞内部の構造や動態を直接ナノスケールで観察できる「ナノ内視鏡AFM」を初めて開発した。この技術では,あたかも人体に細長い内視鏡カメラを挿入してその内部を観察するように,生きた細胞の内部に細長いニードル状のAFM探針を挿入し,その内部構造を可視化する。
探針を細胞内部に挿入する際に,探針先端は内部構造を押しのけるための反発力を受けるが,その力を3次元的に記録することで細胞内構造を可視化できる。研究では,この技術を用いて細胞核やアクチン繊維などの3次元分布や,細胞膜を支えるメッシュ状の裏打ち構造の動きを生きたままの細胞の内部で観察できることを明らかにした。
これまでにも,細胞表面をAFM探針で強くたたいて硬さ分布を計測する方法や,細胞内を伝搬する振動波の減衰を測定する方法により,AFMで細胞内構造を観察しようとする試みはあったが,いずれも細胞内構造の2次元投影図しか得られていまなかった。
この手法では,細胞内構造と探針を直接接触させられるため,従来法では原理的に不可能だった,分子分解能観察や,力学物性計測,分子認識イメージングなどのほぼすべてのAFM機能が活用できるという。
研究グループは,将来,細胞内のさまざまな生命現象が直接ナノスケールで観察できるようになり,がんや感染症などによって生じる細胞内の変化を詳細に知ることができれば,それらの診断や治療法の改善につながることが期待されるとしている。