東京大学と福島工業高等専門学校は,世界最高品質のα-スズ(α-Sn)薄膜をⅢ-V族半導体インジウムアンチモン(InSb)基板上に結晶成長させることに成功し,α-Sn薄膜のさまざまなトポロジカル物性を明らかにした(ニュースリリース)。
Snはケイ素(Si),ゲルマニウム(Ge)と並んで,Ⅳ族元素の1つだが,SiやGeと同じダイヤモンド型結晶構造を持つα相(α-Sn)の場合には禁制帯幅がゼロであり,強いスピン軌道相互作用を持つことにより伝導帯と価電子帯が反転する特異なバンド構造を持つ。
このα-Sn薄膜にゆがみを加えると,面内格子定数が引っ張られる場合(伸張歪)にはトポロジカル絶縁体となるが,逆に縮められる場合(圧縮歪)にはトポロジカル・ディラック半金属となることが理論上知られている。
特にトポロジカル・ディラック半金属は,他のさまざまなトポロジカル相に転移できる親の相として重要な材料だが,これまで実験で確認されたのは,Na3BiとCd3As2しかない。
α-Snは外部制御によりさまざまなトポロジカル物質になりうるため,トポロジカル物性の探索や量子情報デバイスへの応用に適している。しかし,これまでの研究では品質の良いα-Sn薄膜の作製が極めて困難で,理論的に予測・期待された性能が実現されておらず,実際の物性や機能は不明なままだった。
研究グループはさまざまな膜厚のα-Sn薄膜を成長させ,完璧なダイヤモンド型単結晶構造と界面の原子層レベルまでの平坦さを持つ最高品質のα-Sn薄膜を作製することに初めて成功した。
磁場をかけたときの電気伝導度の振動をさまざまな温度で観測して解析することにより,α-Snのフェルミ面が横断するバルクと,さまざまな重要なバンド構造の情報を初めて実測した。
研究グループが作製したα-Snの量子移動度は,30,000cm2/Vs)程度であり,先行研究に比べて10倍も高いことが分かった。また,α-Snのバルクバンドと表面バンド両方に特徴的な線形なバンド分散を持つディラック電子が存在することが判明した。
この結果から,InSb(001)上で成長したα-Snが数少ないトポロジカル・ディラック半金属であることを,世界で初めて量子輸送測定を用いて実証した。さらに,α-Sn試料の膜厚を薄くしていくと,α-Snがトポロジカル・ディラック半金属から2次元トポロジカル絶縁体,そして通常の絶縁体に相転移することも明らかにした。
研究グループは,α-Snが将来のトポロジカル物性と新機能量子デバイス開発のための有望なプラットフォームとして期待できるとしている。