筑波大学と仏グルノーブルアルプ大学らは,Mn4N(窒化マンガン)に微量のニッケルを添加することで、磁化を限りなくゼロに近づける磁化補償を行ない,室温かつ外部磁場の補助がない状態で,3km/sの磁壁移動速度を達成した(ニュースリリース)。
磁石をミクロの視点で見ると,磁石の向きが揃った磁区と呼ばれる領域と,隣り合う磁区との境界である磁壁が存在する。磁区の磁石の向きを情報の0と1に対応させることで,情報を記録することができる。
磁石を1μm以下の細い線状構造にし,そこに電流を流して磁壁を高速に移動させ,0と1を読み書きすることのできる情報記録素子(レーストラックメモリー)が注目を集めている。
電流は伝導電子の流れであり,個々の伝導電子はアップスピンまたはダウンスピンをもっている。磁石の中を流れる電流は,どちらかのスピンに偏った電子からなるスピン偏極電流となる。
電流により磁壁を移動させるには,スピン偏極した伝導電子がもつ角運動量を磁性体中の磁性元素の角運動量に受け渡す必要があり,そのためには,磁性体の磁化が小さく,また,薄膜の垂直方向に磁化が向いていること(垂直磁気異方性)が重要となる。
そのような材料として,GdFeCo等のフェリ磁性体が研究され,これまでに,実用レベルとされる1km/sを超える速度での磁壁移動が達成されてきた。しかし,動作温度がマイナス30°C程度と低く,磁壁の移動を補助するために外部磁場が必要である上,レアアースであるGd(ガドリニウム)を使う必要があった。
研究グループは,レアアースを含まず,かつ,垂直磁気異方性を示すフェリ磁性体Mn4Nに注目し,共同研究を行なってきた。2019年に,Mn4Nを用いて,室温において0.9km/sという磁壁移動速度を得ており,また,Mn4Nに僅かにNi(ニッケル)を添加することで,磁化がゼロになる磁化補償が生じることを明らかにしている。
これらを踏まえ,今回,磁化補償組成近辺の試料を作製し,室温かつ外部磁場の補助がない状態で,3km/sという高速での磁壁移動を達成した。これは,室温で得られた磁壁移動速度として最大の値。また,磁化補償前後のNi組成で,磁壁の移動方向が反転する現象も見いだした。
Ni以外にも磁化補償が生じる不純物としてCo(コバルト)などがある。Coの場合,磁化補償近辺で物質の性質が大きく変わるNiに比べ,物性がCo組成に過度に敏感にならず安定化していると期待される。さらに研究グループは,磁化反転を生じさせる方法についても検討の余地があるとしている。