理化学研究所(理研)と産業技術総合研究所は,音波によって輸送される単一電子の量子力学的な運動を制御し,電子の軌道状態で定義される量子ビットの電気的操作を初めて実現した(ニュースリリース)。
量子コンピューターにおいて光学の分野では,伝播する光の量子状態で定義される「飛行量子ビット」は,光をループ回路中で伝搬させるなどの方法により,少数の量子演算回路で多数の量子ビットを任意に操作できることから,大規模な量子計算に適していると考えられている。一方,固体中を伝搬する電子についても,飛行量子ビットを定義することで,少数の演算回路で多数の量子ビットを任意に操作できると考えられている。
光学実験においては,光の粒子である光子の伝搬経路を量子力学的に分岐させる「ビームスプリッター」によって飛行量子ビットに対する量子演算を行なえる。空間的に互いに分離した状態で伝搬する「単一電子」の量子状態を制御する場合も,ビームスプリッターを実現することが最初のステップとなる。
近年,ガリウムヒ素(GaAs)半導体を用いて,単一電子を音波の一種である表面弾性波の流れに乗せて,周囲から孤立させて運ぶ技術が開発された。この技術を用いると,電子を一定の時間・空間間隔で輸送できる。今回,研究グループは表面弾性波によって輸送される単一電子の量子力学的なビームスプリッターの実現を目指した。
ビームスプリッターとして,二つの平行に並んだ電子伝導経路を量子力学的なトンネル効果によって接合した構造を採用した。このトンネル効果の強さを調整することで,表面弾性波によって輸送される単一電子が量子力学の原理に従って経路間を行き来する様子を捉えることに成功し,量子的な電子のビームスプリッターを実現した。同時にこの結果は,飛行量子ビットを電気的に制御できることも意味するという。
実験では,トンネル効果による電子の運動が,電子の各経路内部の軌道状態にも強く影響を受けている様子も観測された。また,輸送される電子が周囲からの雑音によって量子力学的な情報を失うデコヒーレンスの影響をほとんど受けていないことが確認された。
この成果は,電子の飛行量子ビットを用いた量子コンピュータの実現に向けた重要なステップだという。電子系では,単一電子源や単一電子検出の技術がほぼ確立しており,伝搬する電子間の相互作用を演算に利用できるなどの長所がある。研究グループは今後,量子コンピューターの構築に耐え得る高い精度での量子演算の実現が課題となるとしている。