東京工業大学とスイス チューリヒ工科大学は,光パルスを用いた反強磁性体に特有の効率的なスピン励起方法を見出した(ニューリリース)。
強磁性体の歳差運動はほぼ円形軌道を描くのに対し,反強磁性体のスピン歳差運動は楕円率の高い楕円運動を描く。そのため,楕円軌道の短軸方向にスピンを励起することで、歳差運動の振幅をより増大させることが可能になる。
研究では,フェムト秒円偏光パルスを用いて反強磁性体スピンを瞬間的に励起し,励起中のダンピングトルクを利用してスピンを短軸方向に傾けることに成功した。
反強磁性体は正味の磁化が存在しないため,外部磁場の影響に対して堅牢であり,さらに内部の強い交換相互作用により共鳴周波数がテラヘルツ帯に達するため,ピコ秒程度の反強磁性磁化の超高速反転が期待されている。そのため,反強磁性体は,次世代の超高速スピントロニクスにおいて有望な磁性材料となっている。
スピントロニクス・デバイスの高速化を目指すうえで,磁化の反転速度や磁壁移動速度は,スピンのダンピングに大きく依存する。これまでスピンのダンピングは,スピン励起後の緩和過程に関して集中的に研究が行なわれ,瞬間的なスピン励起中のダンピングトルクは無視できるとされてきた。
六方晶マンガン酸化物試料においてフェムト秒円偏光パルスを励起光として,逆ファラデー効果によってスピン歳差運動を励起した。磁化の運動方程式(Landau-Lifshitz-Gilbert方程式)に従って,逆ファラデー効果が生成する有効磁場は副格子磁化に磁場トルクを生じるが,その方向は歳差運動の長軸方向となる。
一方、ダンピング項により生じるダンピングトルクは歳差運動の短軸方向となる。短軸方向に副格子磁化が傾くと,正味の磁化が生じる。光パルスによる瞬間的なスピン励起と同時に正味の磁化が現れるとダンピングトルクが作用したといえるという。
フェムト秒円偏光ポンプパルスで励起した副格子磁化のダイナミクスを,直線偏光プローブ光のファラデー効果によってポンプ・プローブ時間分解測定したところ,ダンピングトルクの作用により副格子磁化の歳差運動が,楕円軌道の短軸方向の成分をもったことがわかった。
今回,瞬間的な光励起中のダンピングトルクの実証から,反強磁性スピントロニクスにおけるスピンの超高速制御の効率的な道筋が明らかになった。研究グループは,さらに反強磁性体の超高速歳差スイッチングにつながると期待している。