名古屋大学,神戸大学,広島大学,東京大学,物質・材料研究機構(NIMS)の研究グループは,3個の原子が2個の電子を共有する正三角形の分子の形成を,固体の物質において初めて発見した(ニュースリリース)。
原子が整然と並んだ固体の物質では,温度が低下すると,よりエネルギーが低く秩序だった状態をとるために,多数の電子が様々な形式で自己組織化する。電子の密度に周期的に濃淡が生じる電荷密度波や,電子が対を形成して動き回る超伝導はその代表例となる。
正四面体が頂点を共有するパイロクロア構造をもつ遷移金属化合物は,多様な電子の自己組織化現象を示す舞台として注目されてきた。特に,磁鉄鉱の研究において提案された「アンダーソン条件の実現」(パイロクロア構造を形成する原子の電荷秩序に関する問題)は,半世紀以上も未解決となっている。
研究グループは,タングステン原子がパイロクロア構造を形成する酸化物CsW2O6において,3個のタングステン原子が2個の電子を共有した正三角形の分子が形成される,これまでに実現していない新しいタイプの電子の自己組織化現象を発見した。
CsW2O6は,セシウム(Cs)とタングステン(W)を含む酸化物。室温において,CsW2O6の電子はパイロクロア構造上で均一に分布する。この物質の純良な単結晶を合成し,大型放射光施設SPring-8のBL02B1における精密なX線回折実験と,電気抵抗,磁化,比熱,核磁気共鳴,ラマン散乱,反射率といった様々な物理量の測定を行なった。
その結果,マイナス58℃以下で,3個のタングステン原子が2個の電子を共有し,正三角形のW3分子が形成されることを発見した。このような「三中心二電子結合」により正三角形の分子ができる例は,一般の分子を含めても,星間物質であるプロトン化水素分子だけが知られており,固体物質では世界初となる。
また,この分子形成は,分数の電子数をもつ状態を上手に利用するという方法により,アンダーソン条件を満たす電荷秩序を初めて実現したと考えられる点で画期的。分子が形成された状態において,立方晶の対称性が保たれることも極めて珍しいとする。
なぜCsW2O6においてこのようにユニークな電子の自己組織化現象が起こるのか,についても,電子状態計算と単結晶を用いた物理的性質の測定により解明されつつあるという。
今後,CsW2O6と同様にパイロクロア構造をもつ物質において,さらなる新しい電子の規則構造や自己組織化現象の実現が期待されるとしている。