東京大学,高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所,理化学研究所,放射光科学研究センターの研究グループは,中国の研究グループと協力して,遷移元素を含む物質の中に出現することが予測されていた多極子の秩序を世界で初めて観測した(ニュースリリース)。
白金などの原子番号の大きな遷移元素の中では,相対論的効果によって電子は特殊な性質を示すことが近年認識されるようになってきた。多極子の秩序は,この特殊な性質によって現れる特長的な現象として予測されていた。
しかし,これまでは多極子の観測に適した研究対象物質が見つかっていなかったこと,および,その観測が難しいことから,明確な実験的証拠が得られていなかった。
この研究で多極子の観測に成功したカギは2つある。1つは,多極子の観測に適した重い遷移元素の一種であるレニウムを含む物質に目を付け,非常に純良な結晶を作製することに成功したこと,2つ目は放射光X線を使って非常に高精度の測定を行なったこと。
まず,さまざまな物質に対して予備測定を行ない,多極子の整列が起こっている可能性が高い物質を絞り込んだ。その結果,レニウム(Re)を含むBa2MgReO6という物質において,多極子の整列が起きている状況証拠をつかんだ。この物質の純良な結晶を育成し,大型放射光施設SPring-8と放射光実験施設フォトンファクトリーで放射光X線を使って結晶構造を詳しく調べた。
測定の結果,多極子が整列していると思われる温度で,レニウムの周りにある酸素が1兆分の1m(1ピコメートル)程度動いていることが分かった。これは,レニウム原子上の電子の分布の偏り(多極子)が,周りの酸素をわずかに押しのけたことを示している。
より詳細に酸素の動きを解析すると,2種類(クローバー型とダンベル型)の4つの極を持つ多極子が生じ,共存していることが分かった。クローバー型の多極子は,同じ方向を向いて並んでいる層と逆を向いて並んでいる層が交互に積み重なっている。
ダンベル型の多極子はすべて同じ方向にそろって整列していた。クローバー型の多極子の整列は,理論研究で予想されていた通りで,理論のモデルが現実の物質の特長をよくとらえていることが明らかになった。一方,ダンベル型の多極子が共存していることは,予想されておらず,理論を超える知見が得られた。
原子番号の大きな遷移元素中の電子の特殊な性質は,スピントロニクスなどの分野で利用されている。この研究によってこの性質の理解が深まると,よりよい材料の設計指針を立てたり,新しい動作原理を提案したりすることが可能になるとしている。