理化学研究所(理研)の研究グループは,神経回路遺伝学的手法を用いて,機能未知であった脳領域「前障(ぜんしょう)」が,大脳皮質の「徐波」活動を制御することを発見した(ニュースリリース)。
「徐波」とは,睡眠中に大脳皮質脳波に頻繁に見られるゆっくりとした大きな波で,主に0.5~4Hzの周波数成分で構成される。徐波は,大脳皮質の多くの神経細胞が一斉に静止状態と活動状態を繰り返すことで生じている。
前障は,哺乳類の大脳皮質の深部に存在する薄いシート状の脳領域。この前障はほとんど全ての大脳皮質領野と双方向に神経連絡していることから,その役割として多感覚の統合,注意の割り当て,意識の調節などの仮説が提唱されてきたが,その実体は未解明のままだった。
今回,研究グループは,前障の神経細胞を選択的に可視化あるいは活動操作できるトランスジェニックマウスを作製し,神経解剖学・電気生理学・光遺伝学の技術を駆使して,前障の機能の解明に取り組んだ。その結果,前障が睡眠中や休息中の大脳皮質で見られる徐波活動の制御に関わっていることを初めて明らかにした。
この研究は,徐波活動の生成メカニズムに,これまで知られていなかった新しい神経基盤を示すとともに,謎の多い前障の機能解明に睡眠という新たな視点を与えるもの。
また睡眠中の徐波活動には,その直前の覚醒中に学習した記憶を長期的に固定化する機能があることが近年明らかになってきていることから,記憶形成においても前障が重要な役割をしていることが予想されるという。
この研究の成果は,前障の機能,睡眠中の徐波生成,記憶の固定化,さらには意識の調節のメカニズムの解明といった多岐にわたるテーマへの展開が期待できるとしている。