東京大学,名古屋大学,九州大学の研究グループは,モデル植物であるシロイヌナズナの気孔が開いたままの変異体では,野生型の個体に比べて光合成誘導期間が90%ほども短縮されることを見出した(ニュースリリース)。
光合成に必要なCO2は気孔から葉内に取り込まれる。しかし,気孔の開口は光の変動速度にくらべて遅く,気孔葉内のCO2不足は光合成を大きく制限しうる。この開口速度を短縮することで,変動する光環境における植物生産性を向上させようという取り組みがなされている。
この研究では,気孔応答性の異なる植物がさまざまな光条件に対してどのような光合成応答を示すのかを解析した。使用した植物材料は,気孔を大きく開口する変異体であるslac1変異体とost1変異体,CO2濃度の変化に対して気孔開口の素早いPATROL1過剰発現体の3つ。
まず,光合成活性測定装置および高性能のガス交換光合成測定装置を用いて,強光照射による光合成誘導反応や,変動光環境下の光合成速度を比較した。また,栽培実験も行なった。
一定の光強度下では,これらの変異体と形質転換体の光合成速度や植物成長は,野生型と差がなかった。しかし,気孔が開いたままの変異体であるslac1変異体とost1変異体では,光合成誘導に要する時間が90%も短縮され,変動光に対する光合成応答も改善するほか,ost1変異体では,植物の成長量も野生型と比べて50%増加した。
気孔では,光合成に必要なCO2の取り込みと同時に,蒸散による水分の放出が起こるので,気孔を大きく開くだけでは植物の水利用効率は低下し,乾燥ストレスを受けやすくなる。
実際に,slac1変異体とost1変異体では,野生型に比べると水利用効率は顕著に低かった。一方で,PATROL1過剰発現体も,光照射に対して迅速な気孔開口を示し,光合成誘導に要する時間が65%短縮された。野外環境を模した変動光環境下では,光合成速度が最大で40%増加し,植物体の成長量も50%増加した。
さらに,PATROL1過剰発現体では,環境に応じて気孔を適切に閉鎖することができるため,野生型と同じく高い水利用効率を示した。この結果は,植物の気孔応答には最適化の余地があり,野外環境における光合成速度の促進と生産性強化が可能なことを示しているという。
この成果は,野外環境での植物の収量増加を考える際に,気孔応答やそれに寄与するPATROL1が非常に有望なターゲットになることを示唆している。PATROL1と非常に似た遺伝子はイネやソルガムなどの作物やポプラなどの樹木にも存在しており,これらの植物においても過剰発現体によるバイオマス増産に期待できるとしている。