自然科学研究機構(NINS)アストロバイオロジーセンター,中央大学の研究グループは,南極で採集されたナンキョクカワノリが一般的な光合成生物が利用している可視光に加え,光環境に応じて近赤外線でも一連の光合成反応を行なっていることを初めて明らかにした(ニュースリリース)。
これまで,それより低い光エネルギーでは水を分解して二酸化炭素を固定するための還元力を得ることが難しくなることから,酸素発生型光合成反応には可視光のエネルギーが必要であると考えられてきた。
しかし1990年代以降,近赤外線のみで酸素発生型光合成を行なう生物の発見が相次いでいる。一部のシアノバクテリアは近赤外線を吸収する光合成色素(クロロフィルd, f)を合成し,電荷分離反応を行なう反応中心に利用(直接的な赤外線利用)していることが報告された。
一方で,一部のシアノバクテリアや真核の光合成生物において,近赤外線吸収型のクロロフィルから可視光吸収型のクロロフィルへの効率的なエネルギー移動(間接的な赤外線利用)が示唆されており,それを可能にするアップヒル型のエネルギー伝達メカニズムが注目されている。
ナンキョクカワノリは,緯度の高い寒冷な地域に広く分布する陸棲の緑藻で,極域環境で大きな群落を形成することで知られている。研究グループは,極域に生育する生物の適応戦略を明らかにすることを目的として,ナンキョクカワノリのストレス耐性能力と生育環境を詳しく調べてきた。その過程で,ナンキョクカワノリが一般の緑藻には見られないような近赤外線吸収帯を持つことを確認し,その役割について解析を行なった。
南極で採集したナンキョクカワノリは,通常の赤色可視光吸収帯(680nm)の肩として,710nm付近に吸収のピークを持つ近赤外線の吸収帯を有している。近赤外線吸収帯のサイズは野外で採集した個体ごとに大きく変動し,近赤外線をほぼ含まない蛍光灯下で長期培養するとなくなることから,光環境に応じて発現が調整されていると考えられるという。
光合成活性の光波長依存性を測定した結果,近赤外線吸収帯に吸収された光エネルギーは可視光の赤色光と同程度の効率で光合成に利用されていることが明らかになった。藻類において水の分解反応は可視光に相当する光エネルギーが必要とされることから,アップヒル型の励起エネルギー移動が起きていることが示唆された。
熱揺らぎで補える範囲を大きく超えたアップヒル励起反応が起きている可能性があり,今後の分子メカニズムの解明が期待される。また,近赤外線の割合が非常に多い恒星(赤色矮星)周りの惑星における生物進化を考える上でも様々なヒントを与えてくれるとしている。