物質・材料研究機構(NIMS)は物質の熱ふく射を波長分解し,かつ,飛来する方向を絞って検出できる多波長型の赤外線センサーを開発した(ニュースリリース)。
地上の全ての物体は熱ふく射として電磁波を放出しており,物体を構成する材料の種類や状態に応じて異なる波長分布の電磁波を放出している。しかし,既存のサーモグラフィーや赤外線カメラには,電磁波を波長分別する能力がなく,広い波長範囲の総和としてしか計測されない。
熱ふく射を分光しながら認識できるサーモグラフィーが実現すれば,より高度な温度計測や材質・状態の認識を可能にするセンサーやカメラ,また,複数のガスを識別できるセンサーやカメラの実現が可能になると期待されている。しかし,赤外線分光器には,マイケルソン干渉計などの大きな光学系が必要であり,波長分解能の高いオンチップの分光型赤外線センサーは実現していない。
そのため,あらかじめ波長分布がわかっている人体などは比較的正確に温度が求められるが,熱ふく射の波長分布がわからないコーティング材料や,分布が温度と共に変化するような半導体材料などの温度計測では,大きな誤差が生じ問題となっていた。
今回研究グループは,1cm×1cmのシリコンチップ上に,それぞれ異なる波長に応答する赤外線素子を4つ搭載した,分光型のオンチップ赤外線センサーを開発した。
1つ1つの素子は,特定の波長の電磁波だけを熱に変える表面構造を持ち,発生した熱を焦電体で電気信号に変換する。具体的には,極微小な隆起構造を周期的に配置し,その隆起構造の周期を調整することで吸収する波長を調整することができ,かつ垂直に入射した波長のみを吸収する。
さらに隆起構造のサイズと高さを精密に調整することで,高い感度と指向性を実現。世界最高クラスとなる,従来の分解能から2桁近く高い波長分解能と角度分解能の向上に成功した。
今回の研究では,中赤外帯域(3.5µm~3.9µm)の4つの波長に対して50nm台の波長分解能で応答し,かつ指向性も±1°となるように4つの素子を製作して並べることで,世界初の高い波長分解能と指向性とを同時に持つ,多波長オンチップセンサーを実現した。
研究グループは,今回の成果を応用することで,温度などの状態や物体の材質に関する情報を非接触で「見る」ことができ,真温度計測,工場ラインの品質状態管理,住宅やオフィスのひと見守りセンサー,車載環境センサーなど,高度な認知能力を持つセンサーシステムの開発につながることが期待できるとしている。