産業技術総合研究所(産総研),豪ウィーン大学,伊ローマ・ラ・サピエンツァ大学,日本電子は,新しく開発した電子顕微鏡を用いて,従来よりも2桁以上向上した空間分解能で,物質の最も基本的な性質の1つである原子の振動(格子振動)を波として計測する手法を開発した(ニュースリリース)。
格子振動は,熱伝導,電気伝導,光学的特性といった材料の性質に深く関わっているため,ナノ材料のデバイス応用を考えるうえで詳細な理解が必要不可欠。しかし,これまでX線や中性子線を使った分光法では,計測できる試料は数µmから1mm程度の厚みのあるバルク試料に限られていた。また,従来の電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)のエネルギー分解能は1eV程度で,格子振動の情報を計測することはできなかった。
研究グループは世界最高レベルのエネルギー分解能(20~30meV)をもつ低加速電子顕微鏡用モノクロメーターを開発した。さらに,世界最高レベルの空間分解能とエネルギー分解能を両立させる電子光学系を新たに設計した。エネルギーと運動量を同時に計測することで,格子振動の波としての異なる性質(振動モード)を調べることもできた。
今回開発した手法は,原子を構成する原子核と電子の位置が原子の振動によってわずかにずれることを利用して,格子振動のエネルギーと運動量を計測する。この手法を用いることで,原理的にはすべての材料の格子振動を10nmの局所領域から計測できる。その結果,1原子の厚みしかないグラフェン1枚の格子振動を初めて計測できたという。
研究グループは今回の研究により,これまで理論計算が先行していたさまざまなナノ材料の格子振動を直接計測することができるため,材料科学の発展と,工学的には格子振動が直接性能に影響を与える熱電素子や光電子デバイス,超電導体などの研究開発への貢献が期待できるとしている。