北海道大学は,以前発表した高温で柔らかい結晶相となり,室温で強誘電性を示す機能材料「柔粘性/強誘電性結晶」を改良し,小さな電場で分極反転可能で,柔らかくて押すと伸びて拡がる新しい柔粘性/強誘電性結晶を開発した(ニュースリリース)。
近年,無毒で高い加工性をもつ分子性結晶の強誘電体が注目されているが,そのほとんどは結晶構造が異方的なため,単結晶でしか強誘電体として機能しない。このため,多結晶のセラミクスで活用できる,鉛を含んだ無機酸化物強誘電体と異なり,強誘電性分子結晶の産業利用には大きな制約があった。
今回,研究グループが2016年に発表した柔粘性/強誘電性結晶を改良し,小さな電場で分極反転可能な新しい柔粘性/強誘電性結晶を開発した。
この結晶は,球状の分子構造をもつ有機アミンである1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンと過レニウム酸との中和で得られる塩(強誘電体1)で,室温では強誘電相となり,50°C以上で柔粘性結晶となることがわかった。この結晶は,加圧により伸びて拡がる柔粘性を示し,粉末試料を100°Cで加圧することで,さまざまな厚さや大きさの透明なフィルムやペレットが簡単に得られた。
このフィルムは強誘電性を示し,その分極反転に必要な電場(抗電場)は室温で4kV/cm程度と非常に小さく,また,基板上に作製した厚さ1μm程度の薄膜結晶は,2V程度の抗電圧で分極反転が起こることがわかった。
また,強誘電性を示すこのフィルムは,温度で分極量が大きく変化する焦電性を示した。焦電体は,人体検知の赤外線センサーとして広く利用されているが,そのような用途における性能は,電圧応答焦電性能指数Fvで評価できる。強誘電体1の多結晶フィルムのFvは,室温で0.45m2/Cで,赤外線センサー材料として広く用いられているチタン酸ジルコン酸鉛(0.06m2/C)の約8倍と非常に大きなものだった。
また,この値は高感度センサーに利用されている単結晶のタンタル酸リチウム(0.14m2/C)や硫酸トリグリシン(0.36m2/C)よりも大きい。強誘電体1が単結晶ではなく,多結晶フィルムで大きなFvを示したことから,この新しい材料が焦電体として極めて高い性能を持っていることがわかった。
また,強誘電体1の強誘電性フィルムの圧電係数d33値は90pC/N程度で,組成を最適化したチタン酸ジルコン酸鉛のセラミクス(数百pC/N)には及ばないが,圧電ポリマーとして市販されているポリフッ化ビニリデン類(35pC/N)よりも大きな圧電性を示すことがわかったという。
研究グループはこの鉛を含まない柔粘性/強誘電性結晶の多彩な機能とユニークな加工性は,フレキシブルなエレクトロニクスデバイス素子など,さまざまな用途での活用が期待できるとしている。