東北大学は,脳の神経回路網を構成するニューロンとシナプスに似た動作を示す新型のスピントロニクス素子を開発した(ニュースリリース)。
情報処理装置に脳の神経回路網(ニューラルネットワーク)の構造や動作機構を取り入れることで,その性能を向上させようとする取り組みが近年活発になっている。脳の模倣の仕方にはさまざまな方法が考えられ,脳の情報処理様式にヒントを得たプログラムを既存のハードウェアで実行するディープニューラルネットワークなどの人工知能と総称される技術は,すでに社会の多くの場面で利用されている。
一方,その対極に位置する模倣形態の一例が,今回の研究の対象の「スパイキングニューラルネットワーク」。ここでは,脳の基本構成要素であるニューロンとシナプスの時間的な応答までをも再現できる新概念のハードウェアユニットが必要となる。
ニューロンとシナプスを同じ材料で同時に形成できれば,スパイキングニューラルネットワークハードウェアの実現が容易になるが,ニューロンとシナプスはその機能が互いに大きく異なっているため,これまでは全く異なる材料を用い,それらに似た挙動を示す素子の開発が別々に行なわれてきた。
今回の研究では,研究グループが以前に開発した反強磁性材料と強磁性材料を積み重ねた材料系を用い,それを微細加工することで,ニューロンに必要な機能を発現する素子とシナプスに必要な機能を発現する素子を同時に形成できることを示した。
そしてニューロンの典型的な機能である積分発火や,学習と記憶におけるシナプスの特徴的な機能であるスパイクタイミング依存可塑性に似た動作を,スピン・軌道相互作用と呼ばれる量子相対論的効果を利用することで実現できることを実証した。
スパイキングニューラルネットワークは,現在の人工知能と比べて,時間的な変化が重要な情報の処理や予測などに特に有用であると考えられている。今回の研究によって,スパイキングニューラルネットワークの基本構成要素である人工ニューロン素子と人工シナプス素子がスピントロニクスの原理を用いて実現できることが示された。
研究グループは今後,これらの基本構成要素を組み合わせた回路ユニット,ブロック,システムへと発展させていくことで,音声や動画などに代表される時間的に変動する情報を低消費電力で高速に処理できるシステムや,学習と記憶によって使えば使うほど賢くなっていく,使う人や環境への適応性に優れた情報処理端末などの実現へと繋がっていくことが期待できるとしている。