首都大学東京,産業技術総合研究所,名古屋大学,東京大学は,原子3個分の直径しかないトラス状のナノワイヤーの精密多量合成に世界に先駆けて成功した(ニュースリリース)。
このナノワイヤーは「遷移金属モノカルコゲナイド(Transition Metal Monochalcogenide:TMM)」と呼ばれる針状物質(TMMナノワイヤー)で,理論的には30年以上前から研究されている。TMMナノワイヤーはナノスケールの微小デバイスの配線としての応用が期待されているが,凝集して束になりやすい性質があるため,実験研究は進んでいなかった。
今回,研究グループは,TMMナノワイヤーを合成する手段として「ナノ試験管」と呼ばれるカーボンナノチューブ(CNT)に着目した。CNTは直径1~数nmの円筒状の炭素物質で,内部にさまざまな分子や原子を取り込む性質がある。さらに内部で化学反応を起こせば,極細の円筒空間を鋳型にして1次元物質を合成することができる。
研究グループは,CNTをMo(モリブデン)原子とTe(テルル)原子を含んだ蒸気に触れさせると,CNT内にMoとTeで構成されるTMMナノワイヤーが自発的に成長することを見出した。
さらに,この研究で得られたTMMナノワイヤーは,従来のトップダウン法で合成したものより高品質で,かつ50倍以上長い(~1000nm)ことも判明した。研究グループは,1本のナノワイヤーがぴったり収まる直径のCNTを用い,TMMナノワイヤーの単離に成功した。
また,研究グループは,ラマン分光法により,単離したTMMナノワイヤーが束の時と同じ伸縮振動を保持していることを明らかにした。密度汎関数法により,この振動がナノワイヤーの直径方向の伸縮に起因していることを突き止めた。さらに,X線光電子分光法による分析では,ナノワイヤーとCNTの間に共有結合が存在していないことも明らかになり,今回の研究で合成したTMMナノワイヤーが孤立した状態に近い性質をもつことが実証された。
研究グループが,原子分解能電子顕微鏡により単離したTMMナノワイヤーの挙動を観察したところ,TMMナノワイヤーが電子顕微鏡の光源(電子ビーム)に敏感に反応し,所々ねじれる様子が観察された。また,CNT内におけるTMMナノワイヤーの生成機構を考察する実験に取り組み,酸化物が反応に関与している可能性を見出した。
研究グループは,今回の研究により,TMMナノワイヤーの性質が一挙に解明される可能性があり,さらに,ねじれによる物性変化を利用した「スイッチ」の開発や,今後のナノエレクトロニクス分野への貢献が期待できるとしている。