理研,高温動作可能な量子カスケードレーザーを開発

理化学研究所(理研)は,「非平衡グリーン関数法」に基づく第一原理計算を用いて,「テラヘルツ光」を光源として用いる「テラヘルツ量子カスケードレーザー」の高出力化および高温動作性能の向上に成功した(ニュースリリース)。

光と電波の特性を兼ね備えた「テラヘルツ(THz)光」は,物体内部の透過像の取得や分子間相互作用の検出ができるため,セキュリティや分光分析をはじめとする広範な分野への応用が期待されている。テラヘルツ光源を用いた半導体レーザーの「テラヘルツ量子カスケードレーザー」は,小型ながら高出力,連続動作,狭線幅などの特長を持っている。

しかし,テラヘルツ量子カスケードレーザーの応用にはいくつかの課題があり,現段階におけるテラヘルツ量子カスケードレーザー(3.2THz)の最高動作温度は199.5K(-73.65℃)と低く,室温での動作にはまだ至っていない。その上,199.5Kでの出力は低温時(~10K,-263℃)に比べて2,3桁低下するため,出力特性の制御もまだ不完全となる。これらを解決するためには,テラヘルツ量子カスケードレーザーの動作を詳しく解析・理解し,素子構造などを改善する必要がある。

今回,研究グループは,非平衡グリーン関数法に基づいた第一原理計算によって,テラヘルツ量子カスケードレーザーの発光層構造における電子密度分布・電流分布・光利得を直接計算する方法を開発し,これらが液体ヘリウム温度(4K,-269℃)から室温までの間でどのように変動するかをシミュレーションした。

これにより,従来の構造設計では定量化が難しかった,上位発光準位から発光過程に直接寄与しない遠距離の高エネルギーサブバンド準位への「リーク電流」の存在を発見し,高出力動作および高温動作に対するこのリーク電流の影響を解析した。そして,このリーク電流を抑制する新たな構造のデバイスを設計・作製し,液体窒素温度(77K,-196℃)での高出力化を実現した。

具体的には,レーザーの発光領域幅200μm,共振器長1mmの通常サイズのデバイスを用いたテラヘルツ量子カスケードレーザーと液体窒素デュワーを組み合わせたレーザー発振システムを作製し,4K(-269℃)で350mW,80K(-193℃)で50mWというピーク出力を実現した。平均出力は4Kで3.2mW,80Kで0.45mWに達し,単位面積当たりの出力ではテラヘルツ量子カスケードレーザーの中で世界トップレベルに相当するという。

研究グループは,今回の研究では特に,直接発振過程に寄与していない遠距離の高エネルギーサブバンド準位の光利得と電流分析への影響の定量分析は,世界初の試みとし,今回の研究の活用により,今後,世界に先駆けた高温・高出力動作の実現が期待され,幅広いテラヘルツ光応用分野の開拓に大きく貢献するとしている。

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