量子科学技術研究開発機構(量研)と京都大学は,水素クラスター(マイクロメートルサイズの「球状」の固体水素。以下「クラスター」)に高強度のレーザー光を照射して,宇宙線の加速機構と考えられている衝撃波加速と類似の仕組みを利用することで,0.3GeV(=109eV)の高品質の陽子線が発生することを発見し,新奇な陽子線加速手法として提案した(ニュースリリース)。
宇宙には,宇宙線として知られる高エネルギー粒子を生成する天然のプラズマ加速器がある。一例として,恒星が寿命を迎えたときに起こる超新星爆発で見られる衝撃波による加速が知られている。このような衝撃波は,地上では高強度のレーザー光を物質に照射するレーザープラズマ加速で発生させることができる。
これまで加速器を利用した研究では,粒子のエネルギーを増大させる必要があるが,エネルギーを増大させればさせるほど,加速器は大型で高額なものにならざるを得ない。例えば,スイスの欧州原子核研究機構(CERN)にある世界最大の円型加速器である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の全周は山手線一周に匹敵し,これ以上の大型化は難しいとされている。
レーザープラズマ加速は,このような加速器を大幅に小型化できる手法の1つとして注目されている。レーザープラズマ加速は,チャープパルス増幅の発明によって,人類が高強度レーザーを手にしたことで初めて実現した。
今回,研究グループは,大規模計算機シミュレーションを行ない,高強度のレーザー光をクラスターに照射するレーザープラズマ加速を行なった場合,球表面に発生した衝撃波が球の中心に向かって伝播・収束する過程でその強度が約8倍に増強されることを発見した。また,その増強された衝撃波によって,レーザー光の進行方向に陽子線が短時間で効率よく高エネルギーに加速されることを確認した。
さらに,加速されている陽子線に対して,相対性理論の効果でクラスターの中心部まで侵入したレーザーにより後押しされて圧縮される効果と,クラスター外部のプラズマが作る電場により追加速される効果を同期させ,相乗的に加えることで,最終的に光速の65%に相当する0.3GeVのエネルギーをもった指向性の高い陽子線が発生することを突き止めた。
研究グループは,今回の研究はレーザーを用いた陽子線を高効率,高品質で光速近くまで加速することの出来る加速器の実現につながる新たな知見とし,今後,高エネルギーの陽子線を供給する技術として,粒子線がん治療装置の陽子線源としての応用や,物質の水素脆化や放射線損傷のメカニズムを探る研究などへの応用へ繋がることが期待できるとしている。