東京大学,生理学研究所,埼玉大学らの研究グループは,顕微鏡の観察位置を高速に移動させる小型光学装置を開発することで,マウス大脳皮質の異なった領野よりほぼ同時かつ大規模な神経細胞活動の計測に成功した(ニュースリリース)。
近年,2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージングにより,生きたマウスの脳神経細胞の活動を数百から数千個単位で計測することが可能となっているが,その観察視野は通常0.5~1mm程度と狭く,異なった領野の神経活動を同時に計測することは困難だった。より広い視野の観察は低倍率のレンズを用いることで可能だが,多大なコストを要する。
通常,高い空間解像度を得るためには作動距離が短いほど有利なため,対物レンズと標本の間の空間はほとんどない。しかし,脳を透明化する技術の発展により,脳を押しつぶさないよう,長い作動距離を持った対物レンズの開発が進んでいる。そこから,最も長い8mmの作動距離を持つ対物レンズを選択し,そのレンズ下の空間に,視野を移動させる機能を持った小型光学装置を挿入する顕微鏡を開発した。
開発した装置は,対となった微小ミラーによって構成される平行移動光学系と,対物レンズの光軸に沿ってミラー対を回転移動させる高速回転位置決めステージから構成される。この装置によって,顕微鏡の視野を対物レンズや標本の位置を変えることなく移動させることが可能になった。
最大6mm程度離れた位置まで視野を移動させることができ,視野の移動は0.04~0.09秒程で完了する。2つの離れた視野への移動と撮影を繰り返すことにより,ほぼ同時に離れた2視野の連続的な撮影ができる。それぞれの視野における観察範囲は従来と同じ1mm程度だが,離れた視野へと高速に視野を切り替えることで広い観察範囲を実現することから「超視野」2光子顕微鏡と名付けた。
実際にこの顕微鏡を用いてマウス脳の神経活動計測を実施したところ,6mm程度離れている左右体性感覚野について,初めて単一細胞解像度でのイメージングが可能となった。また,連続した3視野を合成することにより1.5mm×3mmという連続した広視野でのイメージングにも成功した。
今回の技術は,対物レンズ下への小型光学装置の挿入のみによって2光子顕微鏡を「超視野」化することができるため,低い導入コストで領野間の情報のやり取りの測定が可能。今後,離れた領野の神経細胞活動の計測により,新たなる脳型情報処理アルゴリズムの発見によるAIの更なる発展や,精神・神経疾患の理解とその治療法開発に貢献することが期待されるとしている。