京産大は,近赤外線波長域における地球大気吸収線を取り除くための手法を確立し,その成果を学術論文として発表した(ニュースリリース)。
19世紀にドイツで発見された太陽の可視光スペクトル中にある500本以上の暗線(吸収線)は,太陽という高温のガス球に含まれる様々な元素によるものであることが明らかになり,やがて天体分光学へと発展した。吸収線のうち非常に目立ったものはA,B,C…といった名前が付けられた。
ところがこのうちの一部(A線やB線など)は,太陽表面のガスに含まれる成分ではなく,地球の大気に含まれる酸素分子が引き起こす吸収だったことが分かった。そのため,天体のスペクトルから成分や温度などを探るためには,地球大気による吸収線を取り除く必要がある。
現代の天文学では,さまざまな波長で観測を行なっており,特に星間空間に存在するガスや塵に隠された誕生後間もない天体,また,比較的進化した低温度の天体などを観測するために,赤外線波長域は非常に重要となっている。
現在,神山天文台では近赤外線波長で観測可能な高効率・高分散分光器 WINERED(波長範囲:0.9-1.3μm,波長分解能:70000(max))を開発し,南米・チリ共和国のラ・シヤ天文台の口径3.6m-NTT望遠鏡に取り付けて観測・研究を行なっている。
しかし,この波長域には地球大気中に含まれる水蒸気(H2O)や酸素分子(O2)などによる無数の吸収線が存在しており,天体のスペクトルを精密に調べるためには,これらの吸収線を正確に取り除くことが必要だった。
今回,研究グループは,波長1μm付近に見られる地球大気による無数の吸収線を極めて正確に取り除くための手法を確立した。WINEREDを用いると天体のスペクトルを非常に高い精度(S/N比)で観測できるが,その特徴を活かすために,極めて正確に地球大気吸収線を除去する必要がある。
従来は,理論的に計算した地球大気吸収線のスペクトルを用いて補正を行なっていたが,この方法ではWINEREDのポテンシャルを最大限に引出せなかった。
今回,固有の吸収線が比較的少ない恒星を観測することで地球大気の吸収スペクトルを精密に決定し,これを用いた補正を行なうことで,極めて高いS/N比を最終的に達成できる事を示した。
こうした緻密なデータ処理手法を確立することで,WINEREDの持つポテンシャルを最大限に引出すことができ,高S/N比のスペクトルを用いたサイエンス(天体における微量成分の化学組成決定など)を進めることができるとしている。