東京大学,川崎医療福祉大学,自治医科大学,自然科学研究機構,実験動物中央研究所,理化学研究所らの研究グループは,霊長類コモン・マーモセットのための手を使って道具を操作する運動課題用装置と課題の訓練方法を開発し,2光子顕微鏡によって運動中のマーモセット大脳皮質から運動に関連した神経細胞の活動を計測する事に成功した(ニュースリリース)。
この研究では,霊長類の神経ネットワークを細胞レベルで理解するという目標に向けて,手を使って道具を操作しているマーモセットの大脳皮質において多細胞の神経活動を長期間にわたって計測し,解析するための技術開発を目指した。
脳の神経活動を大規模に,細胞1個1個を区別しながら計測する方法として,細胞の活動に伴って蛍光が強くなる蛍光カルシウムセンサータンパク質を神経細胞に発現させ,2光子顕微鏡で観察する方法(2光子カルシウムイメージング法)がある。研究では,手を使って道具を操作する運動課題中の神経細胞の細胞体,軸索,樹状突起の活動を2光子カルシウムイメージング法によって計測する事に挑戦した。
はじめに,マーモセットのための手を使って道具を動かす運動課題の開発を行った。しかし,これまでにマーモセットではこのような運動課題の成功例がなく,その訓練は難しいと考えられてた。この問題を解決するために,本研究ではマーモセットに特化した訓練装置を開発し,運動技能の習得に伴って徐々に訓練を難しくする新規の訓練方法を作成した。
この方法を使ってマーモセットを数ヵ月訓練すると,マーモセットがコントローラーを手で操作して,画面上のカーソルを特定の位置に移動させる事ができるようになった(1方向/2方向到達運動課題)。さらに,このカーソル移動を妨害するようにコントローラーの動きに垂直の力を加え続けると,この力を打ち消すようにカーソル軌道を修正できる事を示した(運動適応課題)。
次に,マーモセット大脳皮質の運動野で神経細胞に蛍光カルシウムセンサータンパク質を発現させた。このマーモセットが運動している時に2光子カルシウムイメージング法を行なうことで,カーソル移動に関連する神経活動を検出する事に成功した。2方向到達運動課題では同じ神経細胞集団を12日間にわたって観察し,ある神経細胞がこの期間を通してある特定の位置へカーソルを移動させる時にのみ活動する事を示した。
また,運動適応課題では,運動の妨害によってカーソルの軌道が変化すると,それに合わせて個々の神経細胞の活動が変化する事を示した。さらに,神経軸索や樹状突起の活動を運動中にイメージングし,到達運動に関連した活動を検出する事にも成功した。
この研究で開発した技術によって,様々な疾患モデルマーモセットで多数の神経細胞の活動を同時に計測する事が可能になり,どうやって手と道具を使って日々の問題を解決しているのかというヒト特有の高次脳機能の理解が大きく進展することが期待できるという。
また,この計測技術を,精神・神経疾患モデルマーモセットにおける神経ネットワーク変容の理解に役立てる事で,新たな治療方法の開発につながると期待できるとしている。