慶應義塾大学の研究グループは,新しいマウス近視モデルの確立に成功した(ニュースリリース)。
行光線が網膜より前方で焦点を結ぶ状態を近視と呼ぶ。多くの近視は,眼球が前後方向に伸びること(眼軸長の伸長)によって起こる。近視は一般的に,眼鏡またはコンタクトレンズなどを用いて,光学的に焦点距離を調整することで矯正(屈折矯正)するが,矯正を行なっても眼軸長が縮むわけではない。
屈折異常の程度が強近視は強度近視と呼ばれ,眼軸長の伸長が極端に進行すると,一部の強度近視では,網膜が引き伸ばされることで部分的に変性し,矯正できない視力障害(病的近視)に至る場合がある。近視は日常生活の不便さだけでなく,状態によっては視覚障害に繋がる可能性があり,社会問題となっている。
こういった現状にもかかわらず,いまだに近視の発症や進行に関して詳しいメカニズムは解明されていない。近視研究を大幅に遅らせている原因の一つに,適切な疾患動物モデルの欠如がある。これまで近視モデルとしてよく使われてきた動物にヒヨコやツパイなどがあるが,いずれも遺伝子改変技術の確立が十分にされていない。
生体における遺伝子改変は,細胞レベル,分子レベルでの病態解明に不可欠。現在,最も多様かつ容易に遺伝子改変が可能な動物種はマウスだが,これまで確実にマウスを近視化させる方法は確立されていなかった。
動物を近視化させる実験として,眼前にすりガラスまたは凹レンズ(近視矯正用レンズ)を設置する方法がある。凹レンズを用いて近視を誘導する方法はレンズ誘導近視(lens-induced myopia;LIM)と呼ばれ,これまでヒヨコでよく使われてきた。
一方,マウスはヒヨコと比べて眼球および体全体が小さいため,レンズを眼前に固定することが難しく,また,得られる近視誘導の効果が絶対的に少ないという問題があった。そのため,屈折値や眼軸長を高解像度で測定する必要があることなどから,LIMで安定した眼軸長伸長を伴うマウスの近視誘導を実現することは困難だった。
今回研究グループは3Dプリンターを用いてマウス専用のフレームを作り,特別に作成した凹レンズを取り付けることで,マウス専用メガネを作成した。マウスの大きさに準じて自由に調整でき,実験中いつでも取り外すことが可能で,レンズ清拭や点眼などの処置を容易に行なえる。
また,高精度に眼軸長の変化を測定できる全眼球光干渉断層計という新しい技術と組み合わせることで,装着したレンズ度数に応じて想定した近視強度にマウスを誘導したことが計測可能となり,過去に報告されたマウスに対するLIMで最も安定性・効率性の高い実験モデルを構築することができた。
近視進行抑制効果が報告されている薬剤としてアトロピン点眼があるが,複数の臨床試験で効果が確認されているものの,作用メカニズムは分かっていない。今回の研究でこのモデルを用いて,マウスで初めてアトロピン点眼の近視抑制効果を再現することが可能となった。
このモデルは今後,近視発症・進行メカニズムの解明に加え,近視の新しい予防・治療法開発に大いに貢献することが期待されるとしている。