研究では「フェムト秒レーザーやレゾナントスキャナーを含む実験機器は全て市販のものを使用している」(井手口氏)としている。フェムト秒レーザーに関して言えば,オーストリア・FEMTOLASERS社製のものを採用。このレーザーはパルス幅:20 fs以下,繰返し周波数:75 MHz,最大出力:600 mWの仕様となっている。
従来手法の短所を長所に変えるアイデアを盛り込むことで,1秒間に2万4,000回以上のラマン分光計測を可能にしたのが,今回の研究成果だ。これまでの最速のラマン分光法では1秒間に1,000スペクトルであったが,今回はその速度を24倍にしたことになるため,そのインパクトは大きい。
原理検証実験では,シンプルな分子であるベンゼンとトルエンの液体を混合させたときの時間変化を計測。ベンゼンとトルエンそれぞれ固有のラマンスペクトルの高速な時間変化を捉えることに成功した。
今後は今回開発した手法を用いて,実際に細胞を計測していくとしている。1秒間に2万4,000個の細胞を評価できるということは,つまりは1時間程度で1億個の細胞を一つずつ評価することが可能になる。
現在は,開発した技術の感度を向上させる取り組みを進めているという。実細胞ではそれに由来する信号が弱くなるためだ。感度向上をクリアした後,今年中にも高速に細胞を評価するフェーズに移すとしている。
最終目標は膨大な細胞の中から希少な細胞を見つける装置の確立だが,その実現に向けては,細胞の配列や流路を制御するマイクロ流体技術やスペクトルデータの高速解析処理技術など光技術以外の技術との融合を必要としている。
特殊な性質を持つ細胞は膨大な数の細胞集団の中に埋もれている。合田氏がプログラムマネージャーを務めるImPACTプログラムでは,今回の成果を用いて,一つずつの細胞を評価して希少な目的細胞を探す取り組みを行なうが,希少細胞を生きた状態のまま探し当てることが重要としている。
生きた細胞を取り出すことができれば,別の手法を用いてその細胞の状態をより詳しく調べることができるだけではなく,細胞培養により,数を増やすことも可能となるからだ。希少細胞の分身を大量に作製することで,再生医療やバイオ燃料の研究の加速につながることが期待されている。今後のさらなる研究開発の進展には目が離せない。◇
(月刊OPTRONICS 2016年4月号掲載)