東京工業大学は,可視光のみで1個の分子の三次元位置をオングストローム(0.1㎚)の精度で決定することに成功した(ニュースリリース)。この精度は現存する最高性能の光学顕微鏡である超解像蛍光顕微鏡(2014年ノーベル化学賞)を1桁しのぎ,分子を見分けられるレベル(分子解像度)に達している。
生命現象に関わる分子の観察には,例えば,生体試料を測定できる最も高解像度なクライオ透過電子顕微鏡では,高い解像度を出すためには試料を薄くスライスする必要があり,細胞全体を観察できない。また,生体試料全体を見渡せる光学顕微鏡では,解像度が最も高い超解像蛍光顕微鏡でも分子レベルには1桁足りないという問題がある。研究グループは,上記の2つの顕微鏡から,生体試料への応用性が高い光学顕微鏡に注目し,その弱点である低い解像度を克服することを目指した。
光学顕微鏡の解像度は,被写体である生体分子の動きによって決まる。クライオ透過電子顕微鏡と同様に試料を-271℃まで冷却(超流動ヘリウム中)すれば,分子の動きが完全に凍結し,分子レベルの鮮明な画像が観察できるはずだが,機械的安定性も従来品に比べて桁違いに向上させる必要がある。これについて研究グループは,試料と対物レンズを同一の環境に置くことが安定性に最も大切であることを明らかにした。
しかし,-271℃で使用できる高性能な対物レンズは存在しなかったため,2004年から10年かけ,極低温下で動作して高性能な対物レンズを独自開発し,目標とするオングストロームの機械的安定性を実現した。実際にこの顕微鏡を用いて,色素1分子の三次元位置をオングストロームの精度で決定することに成功した。この解像度は既存の光学顕微鏡よりも1桁以上高く,分子を見分けられるレベル(分子解像度)に到達している。
空間フィルターのユニットは,堅牢なステンレスの箱中に光学系を組むことで,高い機械的安定性を実現した。さらに,その他の光学系も同様なユニット化することで,顕微鏡のイメージ安定性を高めた。これらのユニットの設計,開発も独自に行なった。
生命現象には多くの謎が残されている。これは,生命現象が起こっている現場である細胞内を観察する方法が不足しているため。この研究成果を元に,「生命現象の分子レベル画像化」を目指すとしている。