東京大学は,マルチフェロイクス材料におけるマイクロ波伝搬の非相反性を電気的に制御することに成功した(ニュースリリース)。
2003年にらせん磁性体が強誘電性を誘起することが発見されて以来,磁性誘起強誘電体(マルチフェロイクス)は精力的に研究されてきた。マルチフェロイクスにおいては,その強い電気磁気結合により多彩な電磁気応答を示すが,特にマルチフェロイクス中の電磁波応答はユニークな性質を示す。
例えば,物質中の磁気モーメントの振動励起である磁気共鳴励起は,通常は電磁波の交流磁場成分によって励起されるが,マルチフェロイクスでは交流電場成分によっても励起される。このような動的な電気磁気効果は,電磁波の伝搬に大きな影響を及ぼし,その結果として多くの場合には,ある方向に伝搬する場合の透過強度が,それと180度逆の方向に伝搬する場合とでは異なる,という非相反性を示す。
このような電磁波の非相反は最初可視光領域で見出され,X線領域などでも観測されてきた。最近になって,マイクロ波領域でも観測されていたが,この場合の非相反性は結晶格子に対して固定されていて電場で切り替えることが難しかった。
研究ではらせん磁性強誘電体Ba2Mg2Fe12O22においてマイクロ波非相反性を電気的に制御することに成功した。らせん磁性体は,らせんの回転方向が強誘電分極と結合し,電場で制御することが可能なマルチフェロイクスの性質を示す。
Ba2Mg2Fe12O22は,民生用磁石として普及している「六方晶フェライト」の類縁物質で,比較的高温の-78℃(195K)以下でマルチフェロイックとしての性質を示す。六方晶フェライトの物質群の中には室温以上でマルチフェロイックとして働く物質もある。
この物質におけるらせん磁性体の磁気励起は,マイクロ波領域の15GHz付近に存在するが,その磁気励起周波数付近のマイクロ波透過強度を測定する と非相反性が観測された。さらに,電場で静的ならせん磁気構造の回転方向を反転させると,非相反性も反転した。
らせん磁性体の低エネルギー磁気励起周波数においては,電磁波の非相反性が電気分極と磁化のベクトル積(P×M)であるトロイダルモーメントに比例する非相反性を示すことが理論的に知られており,この研究はこれを実験的に観測したものだとする。
研究で明らかになった電場によって切り替えられる非相反性は,マイクロ波素子の高度化に資することが期待できる。マイクロ波の非相反性は,回路に強磁性体を非対称に配置すれば現れることが古典的な電磁気学の効果でも知られており,アイソレータなどの素子に活用されている。しかしながら,こうした古典的な非相反性は回路に固定されて外場で切り替えることは不可能であった。
今回明らかになった成果を発展させれば,電場で透過方向が切り替えられるアイソレータを実現させることが期待できる。マイクロ波領域の電磁波は無線通信に活用されているが,近年の携帯電話などの発達により活用できる周波数帯の減少などの問題が指摘されている中で,マイクロ波素子の高度化が進めば,こうした問題に対する解決の一助になる可能性があるとしている。