東京大学の研究グループは,フランスのナビエ研究所のグループと共同で,アモルファス物質に弾性率の長距離相関に起因した過剰なフォノン散乱が存在することを明らかにした(ニュースリリース)。これは,アモルファス物質における長波長領域の散乱はレーリー散乱によると信じられてきた常識に反するもの。
アモルファス物質は,同じ物質の結晶状態とは低温で大きく異なる熱物性・力学物性を示すことが知られているが,その違いが何に起因するのかに関しては長年の謎であり,凝縮系物理学の最も深遠な未解決問題として認識されてきた。このことは特別な物質に限られたものではなく,ありとあらゆる物質の結晶状態とアモルファス物質に普遍的に見られることが広く知られており,何がその原因なのかについて,これまで膨大な研究がなされてきた。
アモルファス物質は,原子や分子がランダムに配置した状態にあり,結晶はそれが規則的な状態に配置した状態にあることは明らかであり,この構造の乱れが物性にどのような影響を与えるかという観点から,おもに研究がなされてきた。その結果,アモルファス物質には構造の乱れに起因した弾性率の不均一が存在し,それによりフォノンが散乱されることがさまざまな物性に影響することが明らかになっていた。
この散乱は,空が青く見える起源として広く知られているレーリー散乱と同様に,短距離相関をもつ弾性不均一による散乱であり,波長が短くなるにつれて,3次元系では波長の四乗に逆比例してフォノンの減衰が急激に増大すると長年考えられてきた。
研究グループは,従来の常識に反し,実は,アモルファス物質の弾性率には長距離相関が存在することを明らかにした。アモルファス固体においては,力学的なバランスが原子レベルならびに巨視的スケールでも成り立っており,この制約により,固体中の硬さの間には長距離の相関が生まれることを発見した。つまり,アモルファス固体中の2点は,遠く離れていても力学的には独立ではなく,互いに相関を持っているということが明らかとなった。
また,この弾性率の相関は,距離の次元乗の逆数に比例して減衰することが明らかとなった。この弾性率の長距離相関によりフォノンが散乱されるため,長い波長において,上記のレーリー散乱機構に比べ過剰な散乱が生まれる。ここで,レーリー散乱は,不純物散乱のように短距離相関による散乱しか考えていない。また,この過剰な散乱は,レーリー散乱に対する対数補正により記述されることも明らかとなった。
この成果は,構造乱れと力学的なバランスの結果生み出される長距離の弾性相関の存在が,アモルファス物質と結晶の物性の差異を理解する上で重要であることを強く示唆するもの。これまで,アモルファス物質と結晶の間には,低温において熱伝導特性や比熱に代表される熱物性,力学物性に大きな相違があることが知られてきたが,その物理的起源についてはいまだに未解明のままであり,凝縮系物理学における最も深遠な難問の一つとして認識されている。
今回の研究は,このようなアモルファス物質と結晶の差異が,構造の乱れだけでなく,力学的なバランスの条件の下で生み出される長距離の弾性相関から生まれることを示唆するもの。この結果は,構造的な視点に加え,力学的な視点の重要性を示唆しており,この新たな視点は,今後の両者の物性の差異の解明に大きく貢献するものとしている。
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