中高生にもわかる今年のノーベル物理学賞 その2(光ピンセット編)

1※「光とレーザーの科学技術フェア2018」(11月13日~15日 科学技術館:東京・北の丸公園内)にて光ピンセットのデモを行なう予定です。フェアの詳細は文末のWebアドレス参照下さい。

同じ分野でノーベル物理学賞の受賞が続く事はあまりなく,まんべん無く各分野に与えられるようにしているのか,受賞分野は定期的に変わってきています。そのサイクルからみると今年は光分野では無いかというのがおおかたの予想で,その通りに今年はレーザー関連の二つの業績,
① 光ピンセットの発明とそのバイオ分野への応用に対して(ノーベル財団の原文”for the optical tweezers and their application to biological systems”)
② 高強度・超短パルスレーザーの生成方法に対して(同じく,”for their method of generating high-intensity, ultra-short optical pulses.”)
に与えられました。②については前回解説しましたので,今回は①を説明します。なお,余談ですが,①の受賞者は,Arthur Ashkin氏で,賞金の50%が与えられ,②の受賞者はGérard Mourou氏とDonna Strickland氏の2名で,それぞれ賞金額全体の25%づつが与えられています。

前回同様,難しい数式や専門用語は使わず,中学生・高校生でも分かる様に解説しています。説明の不正確さやたとえが少々強引な事はあらかじめご容赦ください。

前回は「逆転の発想」つまり,「光を強めたければ,まずは最初に弱めよ」という事を冒頭に述べました。今回の光ピンセットも逆転ではありませんが,「動かしたいものに力を加えるのではなく,動かしたいものが周囲に力を加える様にせよ」から始まります。

ここから本題です。ある物を動かしたい時は,そのものにある方向から力を与えるのがシンプルですが光ピンセットでの考え方は逆です。動かしたい物(小さな粒子)がみずから他のものを押すか,引っ張る様にしむけ,その反動で自分自身(=その微粒子)が動く様にします。

屋外のアイススケート場の氷上にいるAさんを動かそうとしましょう。Aさんはツルツルとした靴をはいており,少しの力で動かす事ができます。実際,風の力でAさんは流されて静かに滑って移動しているかも知れません。こんな状態でAさんを右方向に動かしたい時,左方向からAさんを押せばスーッとAさんは右に動いて行きます。ごく自然な方法です。

光ピンセット考え方はそれとは違って,Aさんに対して力を加えるのでは無く,Aさんが他の物体に対して力を加えます。例えば,Aさんの隣にBさんに立ってもらいます。AさんがBさんを押すとその反動でAさんはBさんから離れる様に動きます。反対に,Bさんの持っている鎖をAさんが引っ張ると,AさんはBさんに近づく方向に動きます(図1参照)。

もう少し光ピンセットの考え方に近づけますと,Aさんを左に動かそうとしたとき,カーリングのストーンの様にAさんのすぐ左を通るコースにBさんをスーッと滑らせます。BさんがAさんの隣に来た時,Bさんの持っている鎖をAさんに引いてもらいます。もちろんBさんの動くコースはAさん側に曲がります。同時にAさんもBさんを引いた勢いでBさん側に動きます。

光ピンセットでは,Aさんが動かしたい物体(透明な微粒子A)で,カーリングのストーンの様にAさんの横を滑って移動したBさんの役割はレーザー光(光線B)が担います。この時,光線Bを引っ張るという事は光線Bを図2の左側に向けて曲げるという事になります。つまり粒子Aは光線Bが通過した時,光線Bを屈折させます。

ここで話が少し変わりますが,「光が波でもあり粒子でもある」というのはどこかで聞いた事があると思いますが,ここで粒子であるという事はその動いている方向を変える時に『力』が必要だという事(物理でいえば光に運動量がある事)です。光線Bを曲げる時には氷上を滑るBさんの方向を変える時と同様に,力を加えて引っ張る必要があります。引っ張るという力を加えるからその反動でAさんが動き,つまり粒子Aが動きます。昔習った作用・反作用の法則です。

Aさんをもっと強く右に移動させたい時はどうすれば良いでしょうか?それは,Aさんがもっと強い力で引っ張る事ができるようにする事です。もし,Bさんの体重が小さな子供の様に軽い場合,AさんがBさんの持つ鎖を引っ張っても,軽い力で子供は動いてしまい(子供の滑る方向は大きく変わっても)Aさんはあまり移動できません。逆にBさんが力士(お相撲さん)の様に重ければ,Aさんは強く引っ張る事が出来て,その反動で勢いよくBさんの方向に動きます。

光の場合,光の強度が強い事が体重が重い事に相当します。つまり,光の強度が強ければ屈折する時の反動(反作用)が強くなり粒子Aが動く力も強くなります。これを上手に利用して粒子Aを「つかむ」事ができる様にしたのが光ピンセットです。それには,中心付近の光強度が強く,周辺に行くに従い光強度が弱くなるレーザー光で粒子Aを捕えます(図3参照)。

図3の様に中心付近の光強度が強いレーザービームを粒子Aの下側から当てます。粒子Aの右側から入ったビームは,粒子Aに引っ張られて左に曲げられます(=屈折します)。この光線B1を引っ張った事により,自分自身(粒子A)は反動で右に動きます。同様に粒子Aの右側に入った光(光線B2)は,右に曲がり,反動で粒子Aは左に動こうとします。

前述の様に光強度の強い光線B1は重たい力士,強度の弱い光線B2は体重の軽い子供に相当します。曲げる為の力はB1(光強度の強い光線)対する方が大きく,差し引きで粒子Aは右に動きます。つまり,光強度の強い中心に動きそこでバランスが取れて固定されます。

粒子に対するビーム全体の広がり具合と,光線のビーム強度の分布をうまい具合に調整すると,光線Bを動かしたときに常に粒子Aが光線Bの真ん中にいる様にできます。あたかもピンセットで粒子Aをつまんでいるかの様に粒子Aを動かす事が可能となります。

紙面の上下方向に粒子Aを動かすには,下から当てるレーザービームを粒子Aの付近で焦点を結ぶように当てます(図4参照)。この図でf1は粒子Aが無い時の焦点です。粒子Aにより光線B3とB4が下に引き下げられ,ずっと下のf2で焦点が結ばれます。光線B3,B4を下方に屈折させる事は,粒子Aが光線B3を右斜め下に引っ張り,光線B4を左斜め下に引っ張る事になります。そのため,粒子Aは二つの光線を下に曲げた(=屈折させた)反動で上向きに動きます。

これはちょうど,光線B3とB4を使って粒子Aが懸垂をしているイメージです。光線B3,B4が粒子Aにより斜め下に引き下げられ,たわみました(=屈折しました)が,その反動で粒子Aは自分自身が懸垂したように上に上がります。この様にして粒子Aは焦点f1側に動きます。

仮に粒子Aが勢い余って焦点f1を過ぎてもっと上側に位置したとしても,今度も同じ理論で粒子Aはやはりf1に動きます。つまり,焦点f1の位置に粒子Aは補足されます。焦点f1を上下方向に平行移動させる事により粒子Aを上下方向に動かせます。

つまり,ビーム強度の分布を保ちながら(この紙面の)左右方向に動かせば粒子Aはそのままビーム強度の中心に位置しながら動き,焦点f1を上下方向に動かせば,その焦点の位置で固定されたまま粒子Aも動きます。まさにピンセットでつかまれたようにビームの移動に合わせて粒子Aを3次元的に動かすことができます。

この様にビームを動かすには,レーザービームを発しているレーザー光源を動かすだけですので簡単にできます。

光を屈折させる事による反作用は大変に小さなもので,動かす力ももちろん小さいです。その代わり,レーザービームは非常に小さく絞る事も可能です。この光ピンセットの応用分野で一番重要なのはメディカル・バイオ関連での非常に小さな粒子,つまり,細胞,タンパク質,DNA等の移動でした。

ある特定のたんぱく質(酵素等)が,別の場所にあるたんぱく質や生命体の組織とどの様に反応するのかを調べる時,そのタンパク質が透明体であればそのタンパク質(酵素など)を光ピンセットで調べたい微小組織まで動かしてその様子を見る事ができます。また,そのタンパク質等が透明体でなければ,何らかの透明体にくっつけ光ピンセットで移動させる技術も発展してきました。

今回の受賞理由は『光ピンセットの発明とそのバイオ分野への応用に対して(ノーベル財団の原文”for the optical tweezers and their application to biological systems”,)』となっていますが,この光ピンセットは微小で繊細な粒子・細胞等を傷つける事無く移動させる手段として発展をし,生物学,生理学にも多大な貢献をする事になりました。

さて,この光ピンセットはオプトロニクス社が毎年行っているレーザー体験セミナーで皆さんが作る事ができます。下記の動画でその様子が分かりますのでご覧ください。また,このセミナーの企画が具体化しましたらご案内します。
https://youtu.be/EgQnLWoIiNY?t=20

最後に言い訳ですが,定量的かつ厳密に議論をするには微粒子を双極子と近似してマックスウェルの方程式を解く事になり複雑です(その議論・手法は光の波長と粒子の径にもよります)。実際の光ピンセットでは,ビームは多数本使ったり焦点位置の移動も単純な平行移動以外の方法も用いています。

また,この説明で使った図の一部は,フリー素材を加工したものですが,問題など有りましたらご連絡下さい。この記事に関するご意見・今後の要望なども受け付けております。
(event@optronics.co.jp)

このOptronics News Letter では,今回のノーベル物理学賞の様に話題に上っている技術等,時々に応じて取り上げたいと思います。この記事に関する感想含めて,今後のご要望・ご意見などありましたら event@optroics.co.jp まで,ご連絡下さい。

また,オプトロニクス社では光業界に特化した人材紹介サービス・オプトキャリアも運営しています。光技術や業界に精通しているオプトロニクス社ならではのサービスを心掛けており,最近では,新しい人材を求めている企業への紹介が毎月成約する様になってきております。特に,人事のご担当者の方にご検討頂ければ幸いです(個人の応募も受け付けています)。
https://www.optocareer.com/

さて,オプトロニクス社が事務局運営する光とレーザーの科学技術フェア2018(11月13日~15日 科学技術館:東京・北の丸公園内)にて,この光ピンセットのデモストレーションを行なう予定です。皆様のご来場をお待ちしております。
https://www.optronics.co.jp/fair/nobelprize2018

日本の光産業への参加者(プレーヤー)の中で学生時代にレーザー,光学のバックグランドを持った方は意外に少ないと実感しています。営業の方や製品のサポート関係者,カタログや書籍の翻訳,あるいは弊社(オプトロニクス社)の様に展示会の運営や出版関係者の中にもいわゆる文系の方に支えられているケースが多いと感じています。

そういう方々が話題のトピックスや関係する技術に対して“イメージが湧くように”と思い,このコラムを開始しました。今回,あまりに反響が多く,ページビューが格段にアップしまして,ご批判と激励の声が有りましたので,記事中の誤りの訂正と“言い訳”を追加しました。この様な形で『あのテーマでイメージが湧くように説明して欲しい』というご要望がございましたら, event@optronics.co.jp までご連絡下さい。

本題の『言い訳その2』です。
この『中高生にも分かる今年のノーベル物理学賞その2 光ピンセット編』ですが,文末の言い訳にもあります様に,難しい数式は使わずに済む様にという事で,運動量の変化に注目して説明しています。

光に運動量が有り,その運動量を変化させる事(=屈折させる事)の反作用で粒子自身が動くとう考え方は下記のサイトに載っており,このコラムはこの趣旨・解釈に沿っています。

説明文中で,『光は粒子でもあり,波でもある』と記載しましたが,このコラム内の説明内容では光の粒子性は関連性が無く,光に運動量が有るという事が違和感なく受け入れられるための呼び水として表現でしたので,論理の厳密性の観点では削除すべきかもしれません。この点にいくつかご指摘がありました。

中部大学工学部内のWebサイト
http://www.elec.chubu.ac.jp/kuzuya-Lab/LMT-j.htm

THORLABSの光ピンセットキットのテクノロジータブ内の説明
https://www.thorlabs.co.jp/newgrouppage9.cfm?objectgroup_id=3959

最近できたページかもしれませんが,日本語版のWikiにも説明が有ります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88

オプトロニクス・編集部

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