東大,テラヘルツ電磁波で1分子の超高速の動きをとらえる手法を開発

東京大学生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センター・教授の平川一彦氏と物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点・主任研究員の濱田幾太郎氏(現・大阪大学准教授)を中心とする研究グループは,テラヘルツ電磁波で1分子を観測する技術を開発し,超高速の分子振動の観測に成功したと発表した。

テラヘルツ電磁波は様々な分子の振動周波数と整合し,分子の構造や機能などを調べるのに適しているが,光の回折限界があるために,従来,波長100μmオーダーのテラヘルツ電磁波では直径数mm程度の大きさの中にある非常に多数の分子の“平均的な情報”しか得ることができなかった。つまり,光の回折限界がある以上,波長の10万分の1(1 nm)程度しかない1分子からの信号を得ることは不可能とされている。

超高速テラヘルツ分光測定系の写真
超高速テラヘルツ分光測定系の写真

研究グループが取り組んだのは,長波長のテラヘルツ電磁波をどのように1分子の大きさに絞るかと,1分子が吸収する非常に微弱な信号をどのように検出するかの二つの課題解決だ。研究グループは,これまで金属電極に1 nm程度の隙間を設け,その隙間に1分子をとらえる『単一分子トランジスタ構造』を精密に作製する技術を開発してきた。特長的なのは,この構造をテラヘルツ電磁波に対するアンテナとして用いることにより,1分子に効率よくテラヘルツ電磁波を集光することができること。さらに,1分子からの極微弱なテラヘルツ信号を,分子を経由して流れる電流の変化として読み出すことができることにある。

単一分子トランジスタ構造
単一分子トランジスタ構造

研究グループは実際にこの単一分子トランジスタ構造を用いて1個のC60(フラーレン)分子のテラヘルツ計測を行なった。その結果,ピコ秒程度の時間スケールで1分子が超高速に振動している様子を検出することができたという。

このような計測は,原子レベルの超微細加工技術とフェムト秒レーザーを用いた超高速時間領域テラヘルツ測定技術の両方がそろって初めて可能になったものとしている。

計測実験ではまた,C60分子に電子を1個注入することにより,振動周波数が微細に変化する様子も観測した。これは単一分子トランジスタ構造を用いて,分子の中の電子数が電位(静電ポテンシャル)を精密に制御できるようになったからだとする。

1分子のテラヘルツ信号の測定では,ドイツのレーゲンスブルク大学の研究チームの研究が報告されている。それは走査型トンネル顕微鏡(STM)の探針をアンテナとして用い,分子をイメージングしながらテラヘルツ電磁波を照射するというもの。

この測定手法は,分子軌道の空間マッピングなどができる点において優れているとされているが,試料にゲート電極を設けられないため,強いテラヘルツ電磁波で分子をイオン化させる測定しかできないという。平川氏によれば,我々の測定手法はイメージングができないが,今回開発した手法と補完的な関係になるとしている。

今後は測定精度を高めて実用化に向けた研究開発に取り組むとしているが,今回,分子振動の微細構造なども明らかにできる1分子のテラヘルツ計測が可能になったことにより,遺伝子やたんぱく質の分子レベルの構造や機能の解析,分子レベルの情報に基づいた医薬品の開発など,物理,化学,生物学,薬学などの基礎から応用に関わる広い分野にブレークスルーを起こすものと期待されている。◇

※ここに掲載している画像は,東大生研 平川研究室から提供を受けたもの。

(月刊OPTRONICS 2018年10月号掲載)

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