地上から宇宙まで「つなぐ」環境の実現を目指す

―宇宙通信分野が注目されている背景と研究開発の現状を教えてください

非地上系ネットワーク(NTN)という、このワードがBeyond 5G の移動体通信において非常に大事になってきています。ワイヤレス技術がそのBeyond 5G への研究開発の中で、重要な一翼を担うということで研究開発が行なわれています。光衛星通信技術は日本が先行していました。

NICTでは1980年代から静止気象衛星シリーズのひまわりに対してレーザーを正確に伝送する実験を行なってきました。その頃はまだ衛星を用いた光通信には至っていませんでしたが、 先ほど述べた技術試験衛星VI型(ETS-VI)による1Mbpsの双方向光通信実験が世界で初めて成功した例となります。

光衛星間通信実験衛星(OICETS)『きらり』を用いた光通信実験では、金色の多層断熱材(MLI)で覆われた質量150㎏の光衛星間通信機器という望遠鏡で、LEO―地上間で世界初となる光通信実験に成功しました。SOTAのミッションでは約6kgの光通信機器で、世界で初めて50kg級の超小型衛星を用いた光通信実験を実証し、中国の量子暗号衛星の墨子よりも先駆けて量子鍵配送の基礎実験も成功裏に実施しました。

2020年には国際宇宙ステーション(ISS)と光地上局間で、民間企業と連携し画像伝送に成功しています。これは日本で民間企業が光衛星通信に初めて成功した例としてエポックメーキングな実証となりました。このように光通信技術は日本が先行していますが、世界各国で光衛星通信ミッションが成功してきていて、光衛星通信の伝送速度はどんどんと向上しているのが現状です。

NTNが期待されている理由は、HTS(ハイスループット衛星)やLEO衛星コンステレーションなどが進化してきたからです。このような進化と地上の5G技術が進んできていて、ネットワーク分野のソフトウエア定義ネットワーク(SDN)技術の中で、ネットワークスライシング技術を用いると効率的な伝送ができるということで非常に期待されています。実際に3GPPやIETF等において地上系・非地上系で標準化が始まっています。

NTNは地上系のワイヤレス通信がカバーできないところに拡張される領域があり、海上や山間部、上空などのデジタルデバイドの解消が期待できます。地上系ネットワークが存在している領域であっても、災害時のバックアップ回線や通信ネットワークがスタックした時のデータのオフロードも可能になります。

ブロードバンド通信衛星は、まずHTSは通信料金を抑えるために、さらに高い周波数を用いてビーム本数を増やして大容量化していく方向に進んでおり、Boeing(アメリカ)、Thales Alenia Space(フランス)、Airbus(フランス)、日本ではJAXAとNICTが開発する技術試験衛星9号機(ETS-9)により、それぞれ開発が推進されています。

JAXAとNICTの開発するETS-9は光と電波を合わせたハイブリッドのHTSで、2025年打上げを目指して軌道上実証に向けて準備が進んでいます。NICTではHTS用の光地上局の開発を進めており、完成が近づいている状況です。

一方で、メガコンステレーションが台頭しています。Space-X のStarlinkが既に6,000機以上となる衛星コンステレーションを打ち上げています。2023年にはイギリスに本社を置くOnewebがコンステレーションを完成させて、事業を開始させています。日本ではSpace Compassが開発に取り組んでいます。

光通信を搭載した超小型衛星の開発ですが、NICTでは様々なプラットフォームに搭載可能な空間伝送用の超小型光通信機の研究開発を進めており、これをベースに高高度プラットフォーム(HAPS)、LEO、静止軌道(GEO)、ドローンにも転用できる汎用モデルを開発しています。今後はさらなる大容量化が考えられているので、400Gbpsを5波多重するような2Tbpsベースのモデムの開発も進めています。

2024年2月にはNICTが開発した汎用型の超小型光通信機を用いて、小金井市のNICTと東京都調布市にある電気通信大学との間、約7kmの距離で10Gbpsの光伝送実験を行ないました。我々が開発している光通信機は観測衛星のデータ転送、光データ中継系、衛星間通信への利用を想定しています。また、全て光でつなぐ衛星市場、サイバーセキュリティや量子鍵配送への適用も考えられています。衛星量子暗号に関しては、2024年4月にISSと地上間で10Gbpsの安全な鍵共有と高秘匿通信に成功しました。

HAPSとの通信も注目です。ソフトバンクが連携されているSungliderや、Space Compassが通信サービスの提供を発表したAirbus社のHAPS『Zephyr』などで実証が進んでいます。また、衛星から直接携帯電話に通信する方式も出てきています。例えば、楽天モバイルはAST SpaceMobileと連携して直接通信サービスの提供を計画されていますし、T-MobileはStarlinkによる直接通信サービスを展開しています。ソフトバンクは Skylo という衛星を使ったIoT向け直接通信サービスを行なっています。

地上5GとBeyond 5GをNTNとどのように繋げていくかということも盛んに検討されています。欧州では2020年頃から5Gと衛星を繋ぐ役割が非常に大事だということで先行して議論が行なわれてきました。日本は遅れていたのですが、この問題意識を共有し議論する場として『スペースICT推進フォーラム』を設立させました。

このフォーラムの目的は、宇宙分野が注目を浴びて広がっていく中で、「宇宙分野に入りたいけど何をしたら良いのか分からない」、「5G通信を行なっているけど宇宙との関わりが分からない」というような宇宙分野以外の異分野の方々にも参加してもらい、民間コミュニティを形成していくことです。現在では約180社に参画をいただいて、活発に取り組んでいます。

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