1. はじめに
炭素鋼は,すべての元素の中で最も原子核が安定している鉄元素が主成分であり,副成分の炭素,クロムおよびニッケルなどの元素含有量により引張強度,硬度が変わるため多くの炭素鋼の種類が存在する。また炭素鋼は,建設,車両および産業を含む電気製品など多くの分野で利用されてきた基幹材料である。最近は,2050年カーボンニュートラルに向けた脱炭素化のため,国内では水素還元によるCO2削減の製鉄への取り組み1)が開始したが,世界的にはインドの経済成長により炭素鋼の需要は増加傾向にある2〜3)。
炭素鋼を切断するツールとしてレーザー切断加工装置がある。レーザーで切断できる炭素鋼板の厚さは従来20 mm程度であったが,近年,マルチモードファイバーレーザーの高出力化に伴い,厚さ50 mm以上の炭素鋼平板を切断できるレーザー切断機が登場している。特に,弊社の親会社であるHSG Laserはレーザー切断機の販売台数が世界トップクラスであり100 kW仕様のレーザー切断機の販売も開始している。しかしながら,材料の加工不良だけではなく,オペレーターの過失により,本来加工に適さない鋼板を加工した際,加工条件により,スパッタの過度な発生等によりレーザーヘッドを含めた加工設備の一部にダメージを与えることがある。
その予防対策として,加工する前に炭素鋼の種類を判別することや元素比率を測定することが有効であり,LIBS4),XRF5)およびICP-OES6)などそのための分析ツールがある。その中のLIBS(laser induced breakdown spectroscopy)は,分析する試料表面に高エネルギーのパルスレーザー光を照射し,試料の原子やイオンをプラズマ化し,試料由来の原子が励起状態から基底状態に戻るときに生じる元素特有の光を分光測定する手法である。近年では,携帯型のLIBS7)も登場しており,炭素鋼の炭素,クロムなどの元素濃度まで測定できる。
LIBS向けのレーザー光源は,ナノ秒パルスレーザー8, 9)が主流であるが,最近では,マイクロ秒とナノ秒のパルスを組み合わせたダブルパルス型10)や,UV波長(380 nm以下)を用いた手法11)の報告がある。また,最近,ミリ秒パルスレーザーと人工知能(AI)を用いたアルミニウム合金の鉄元素を測定する報告12)があるが,その研究で利用されている分光器は多チャンネルで非常に高い波長分解能である。これらの手法はレーザー光源または分光器が高額であり,炭素鋼の需要が高いインドや発展途上国向けのレーザー加工機1台にオプションを提供するにはコストが高いため,普及は困難と予測される。
その一方で,鋼板切断用レーザー加工機に利用されている高出力レーザー光源には,マイクロ秒またはミリ秒パルス可変対応の光源がある。すなわち,加工用レーザー光源をそのままLIBSのように発光スペクトル測定の励起光源として利用し,低価格な小型分光器およびAIを組み合わせることができれば,歩留まりの改善だけでなく,デジタルトランスフォーメーション(DX)につながりトータルコストを削減することができると考えている。
本紹介では250 nm以下の波長測定には不可欠なアルゴンガスなどの不活性ガスを利用せずに,切断用レーザー加工機および小型分光器による「炭素鋼の発光スペクトルの測定と,得られた炭素鋼発光スペクトルを用いたAIによる炭素鋼の判別」について報告する。