フォトサーマルナノポアによる単一分子レベルでのラベルフリータンパク質構造ダイナミクス解析技術

著者: 山崎 洋人

固体ナノポア研究は2000年代初頭に始まり,その歴史を図2に示す。ハーバード大学のGolovchenko教授らは,窒化シリコン薄膜に反応性イオンエッチングとアルゴンイオン照射を組み合わせることで,直径1.8 nmの極小ポアを実現し,固体ナノポア加工の端緒を開いた3)。その後,透過型電子顕微鏡(TEM)の集束電子ビームによる加工法が開発され4),加工過程を観察しながら高精度なナノポア作製が可能になったが,高電圧装置や熟練操作を要する点が課題であった。続いて,ガリウムやヘリウムを用いた集束イオンビーム(FIB)法が登場し5),複数デバイスを同時加工できる点で量産性に優れたが,スポット径の大きさや構造損傷のリスクが残った。さらに,ガラスキャピラリーを加熱・延伸してナノピペットを形成する手法も報告されたが6),再現性と安定性に難があった。これらの理由から,従来のナノポア加工は高価な装置を備える限られた研究機関に依存していた。この状況を打開する手法として注目されたのが「その場加工法(in-situ fabrication)」である。2014年,カナダのTabard-Cossa教授らが開発した「絶縁破壊法」は,窒化シリコン膜に電圧を印加してナノポアを形成するもので,低コストかつ短時間で実施できる7)。高価な装置や高度な技術を必要としないため急速に普及し,現在はNorthern Nanopore Instruments社から市販されている。

図2 固体ナノポア加工の歴史
図2 固体ナノポア加工の歴史

絶縁破壊法の後発技術として,著者が開発したナノポア加工技術が,レーザーエッチング破断法である2)。この手法では,厚さ50 nmの窒化シリコンナノ薄膜に可視光レーザーを集光し,同時に電圧を印加することで局所的な発熱と化学反応を誘発し,概ね膜厚10 nm以下の超薄膜にナノポアを作製する。この加工法により作製されたナノポアは漏斗状の非対称形状を示し,これにより分子がポアの入口で一時的に滞留する「トラッピング現象」が観察できる。この特性は,従来法であるTEMで加工した対称的な円筒形ナノポアでは得られない独自のものである。著者は,このトラッピング現象を活用した高感度単一分子タンパク質の構造解析を実施した。計測対象としたシトクロムcは,ミトコンドリア電子伝達系においてATP産生に寄与する重要なタンパク質であり,さらにアポトーシスに関連していることでも知られる。その構造変化は細胞死のシグナルと直結するため,基礎生物学的にも医学的にも重要であり,古くから研究されている。以上の理由から,モデル分子として最適なシトクロムc(分子量12 kDa,直径約3 nm)を選定した。

図3(a)に実験装置を示す。膜厚50 nmの窒化シリコンナノ薄膜を支持するシリコンチップをcis流路チャンバーとtrans流路チャンバーの間に配置し,trans流路チャンバーの底面にはカバーガラスを固定した。その後,窒化シリコンナノ薄膜に488 nmレーザーを照射した。cis流路チャンバーおよびtrans流路チャンバーにはAg/AgCl電極を挿入し,パッチクランプアンプに接続してナノポアを通過するイオン電流を測定した。本実験装置は,自作ソフトウェアを用いて印加電圧およびレーザー出力を精密に制御することで,わずか数nmのポア径を作製できる。まず,孔径4 nmのポアに電場のみを印加した条件で,シトクロムcを検出した。図3(c)の電流波形を示す。その結果,シトクロムcはポアを通過する際におよそ1ミリ秒程度のトラッピングイベントを示した。この時間スケールは,完全な折り畳みや完全展開とは異なる,中間的な構造状態の存在を示唆するものである(図3(c)図3(d))。この実験結果を調査するため,分子動力学シミュレーションを実施すると,計算結果は,これを支持しており,残基49〜55やN末端・C末端のヘリックスが部分的にほどけ,不安定化する様子が確認された(図3(e))。つまり,電場によってシトクロムcは完全に展開するのではなく,一部が変性した「中間体」としてポアに捕捉されることが明らかになった。

図3 実験装置図と電圧印加場におけるシトクロムcの検出結果
図3 実験装置図と電圧印加場におけるシトクロムcの検出結果

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