1. はじめに
気体(気相状の化学物質)は液体と異なり目に見えず,触れても感触はない。我々がそこにガス成分が存在することを知覚できるのは,においを感じたり,目や呼吸器に刺激を生じる場合である。他方で,我々の生活空間には数百種~数千種類以上のガス成分が存在する。そのほとんどは,極めて低濃度であったり,嗅覚受容体に適合しなかったりして,我々の感覚では知覚することができない。これらガス成分の発生源は,地球上に存在する何らかの物体である。例えば,生鮮食品が腐敗した際には特有の匂い成分を生じる/ラフレシアなどの一部の植物はガス成分を放出して昆虫を誘引し,送粉に利用する/アリなどの昆虫ではケミカルコミュニケーションに揮発性の高いフェロモンが用いられる/ウシが飼料を摂取すると体内にて微生物による発酵にてメタンが生成され噯気として体外に放出される/工業製品に使用される接着剤からは各種の揮発性有機化合物(VOCs)がアウトガスとして放出される/などで,発生源に生物・無生物の区別はない。我々人間も代謝の過程で多くのVOCsを産生し,体外に放出している。疾患により代謝に異常が生じたりするとVOCsの組成や濃度が変化する。以上のようにこれらのガス成分は目的の有無に関わらず化学的プロセスを介し生成され,非破壊的・非侵襲的に放出される。すなわち,これらのガスを測定することによって対象物の状態(特に化学的な状態)を,対象物を傷つけることなく評価することが可能になる。

ガス測定には,大きく二種類の方法がある。一つはガスクロマトグラフィー質量分析計に代表される据置型の分析装置である。これは多種の成分が含まれるガスサンプルからクロマトグラフィーカラムによる保持時間の違いより成分分離することで,様々なガス成分の選択的検出を可能とする汎用性の高いバッチ測定法である。もう一つは,ガス検知材料を用いて,少数のガス成分に検知対象を絞り込み,濃度の経時変化を測定しようとするリアルタイム測定法である。後者はガスセンサであり,さまざまな測定原理が提案されている。
他方,ガス成分はその性質上,発生箇所にとどまることなく大気の流動に応じて拡散する。すなわち通常,発生源を最高値とする濃度分布を生じる。イヌなどは,発生源から遠く離れた場所でガス成分を検知してもガス分布や濃度勾配の情報から発生源に辿り着くことが可能である。また,物体からガスが放出される場合にはその物体の構造や物理的性質を反映して,放出動態が定まる。例えば,ガス密閉容器の一部にクラックを生じると,その場所のガス濃度は高くなる(ガス漏れ)。
上記のような特性を考慮すると,ガス測定による物体の状態把握を達成するために必要な要件が見えてくる。一つは,リアルタイム性である。物体の状態は経時的に変化するため,それに応じたガス濃度変化をモニタリングすることが必要である。次に,ガス選択性である。観察したい状態変化を反映するガス成分以外に対してセンサ出力変化を生じてしまうと,正しい状態評価は困難となる。また,上述のようにガス濃度の空間分布を測定することも重要である。
我々はさまざまなガスセンサ原理の中で,光バイオセンサに基づくガスイメージセンシングが上記の要件を満たすものと考え,研究開発を進めてきた。本稿ではこれまでに得られた成果の一端について解説する。