超低電圧で発光する青色有機EL素子の開発

著者: 伊澤 誠一郎

1. はじめに

有機発光ダイード(OLED),つまり有機ELは色鮮やかな映像を映し出せることから,スマートフォンや大画面テレビなどに使われ既に市販されている。さらに近年ではVRゴーグルのプロジェクターや,PC画面,車載用ディスプレイなど応用先に広がりを見せている。有機ELディスプレイは青緑赤の光の三原色で構成されるが,その中で最も開発が難しい素子は光エネルギーが大きい青である。そのエネルギーは3 eV程度であり,青色でディスプレイ程度の発光輝度を得るためには4 V程度もの大きな電圧をかける必要がある。つまりディスプレイの省エネルギー化に向けては,青色有機ELの低電圧化は解決すべき喫緊の技術課題である。さらに青の光エネルギーが大きいことは,素子寿命の低下をもたらす。赤,緑の素子に関しては高効率なりん光分子を用いたデバイスが実用化されているが,青に関しては未だにアントラセン誘導体などの伝統的な蛍光分子が使われている。これは青の光エネルギーが有機分子の炭素−窒素の結合エネルギーと同程度であるため,高エネルギーかつ長寿命の三重項励起状態(T1)ができる青のりん光分子や熱活性化遅延蛍光(TADF)分子は分子の分解が起こりやすく原理的に安定性を向上させるのが難しいからである1)。一方で,蛍光分子であるアントラセン誘導体はT1準位が低く,安定であるため商用素子で重宝されている。

図1 (a)UC-OLEDのデバイス構造と発光原理の模式図。(b)青色UC-OLEDに用いた分子の構造。(c)青色UC-OLEDの電圧−輝度特性,発光スペクトル。(d)1.5 Vの乾電池1本をつないで青色UC-OLEDを発光させた写真。文献2の図を一部改変して利用。

我々は界面で生成する電荷移動(CT)状態を利用することで,アントラセン誘導体の低エネルギーのT1を選択的に励起し,その後に三重項−三重項消滅(TTA)によるアップコンバージョン(UC)過程を経て高エネルギーの一重項励起状態(S1)を作り出すことで,超低電圧で発光可能な青色UC-OLEDを開発した2)。通常の有機ELでは電気励起によりS1とT1が,25%と75%の割合で生成するが,UC-OLEDでは界面でのCT状態を前駆体として利用することで,低エネルギーのT1のみが選択的に励起されることが特徴である(図1(a))。その結果,通常の有機ELでは不可能な3 eV程度の青色を1.5 V程度の超低電圧で発光させることが可能となる。このような発光原理を発現する材料系を探索し,さらには発光色制御も行うことで,現在までにディスプレイ応用に適した深青色発光の有機ELを超低電圧で駆動させることや,照明用途に向けた白色発光の低電圧化にも成功している3, 4)

2. 超低電圧で光る青色有機ELの開発

UC-OLEDの発光原理を発現する材料系の組み合わせとして,TTA材料として知られる一般的な青色発光体であるアントラセン誘導体(1,2-ADN)と,電子輸送性材料として強い電子アクセプタ材料として知られるナフタレンジイミド誘導体(NDI-HF)を探索した(図1(b))。この素子の電流−電圧−輝度特性を観測すると,1.5 V付近から青色発光が開始することがわかった。有機ELで一般的な電子輸送性材料であるTmPyPB,BPyOXD,B4PYMPMなどを用いた場合には青色発光が3 V付近から立ち上がることから,1,2-ADN/NDI-HFの界面が低電圧発光の鍵であることがわかった。

この1,2-ADN/NDI-HFの組み合わせに対して,蛍光ドーパントとしてペリレン誘導体(TbPe)を加えることで発光効率を向上させた。図1(c)のように,このデバイスはTbPe からの462 nm (2.68 eV)にピークを持つ発光が観測され,その青色発光が1.26 Vという超低電圧から観測できることがわかった。図1(d)のように,この有機ELは乾電池1本をつなぐだけで,青色発光が観測できる。このような超低電圧での青色発光は無機のLEDでも不可能なため,有機・無機双方を含めても世界最小電圧で発光する青色を開発した2)。

3. 深青色の低電圧発光の実現

上記の低電圧で発光可能な青色UC-OLEDに関して,これまで用いていた水色発光のペリレン誘導体に代わる新たなドーパント材料を探索することで,乾電池1本相当の電圧である1.5 Vでピーク波長450 nm以下の深青色が発光可能なUC-OLEDを開発した。まずUC-OLEDに用いる蛍光ドーパントとして,スペクトルが狭線な純青色発光が得られるとして近年研究が進められている多重共鳴効果を利用したDABNA誘導体(図2(a))を発光層中に添加した。その結果,ペリレン誘導体を蛍光ドーパントとして加えた素子と比較して,UC-OLEDの抵抗が増加し,発光開始電圧が2.5 V以上まで上昇してしまうことがわかった。DABNA誘導体は,分子内に電子供与性の窒素原子を多く含むため最高被占軌道(HOMO)準位が浅い。そのため有機ELデバイス中でホールをトラップし,輸送が阻害され素子抵抗が上昇したと考えられる。

図2 (a)UC-OLEDに用いたホストと狭線発光ドーパントの分子構造。QAO誘導体を用いたUC-OLEDの(b)電圧−輝度特性,(c)発光スペクトル。(d)1.5 Vの乾電池1本をつないで深青色UC-OLEDを発光させた写真。文献3の図を一部改変して利用。
図2 (a)UC-OLEDに用いたホストと狭線発光ドーパントの分子構造。QAO誘導体を用いたUC-OLEDの(b)電圧−輝度特性,(c)発光スペクトル。(d)1.5 Vの乾電池1本をつないで深青色UC-OLEDを発光させた写真。文献3の図を一部改変して利用。

そこで新たにDABNA誘導体と同じく多重共鳴効果により狭線な青色発光が得られ,また電子求引性のカルボニル基を多く持ち(HOMO)準位が深いQAO誘導体を合成した(図2(a))。QAO誘導体は,ホスト材料であるアントラセン誘導体よりもHOMO準位が深いため,発光層中で輸送されるホールをトラップしないことを期待した。QAO誘導体を発光層中にドープしたUC-OLEDでは,図2(b)のように発光が1.5 V付近から立ち上がった。発光スペクトルは半値幅が20〜30 nm程度と非常に狭線な青色発光が得られた(図2(c))。特にTbCZ2COをUC-OLEDの蛍光ドーパントとして用いた場合には,発光ピーク波長447 nm,半値幅20 nmの深青色発光が得られ,国際照明委員会(CIE)1931 RGB色空間座標は(0.148, 0.07)と次世代のディスプレイ規格であるBT. 2020の青色に近い値が得られることが分かった。超低電圧での発光が可能なため,図2(d)のように,世界最小電圧の乾電池1本(1.5 V)をつなげるだけで深青色発光を得ることに成功した3)

4. 低電圧青色有機ELの白色化

低電圧で発光可能な青色UC-OLEDに水色とその補色である黄色の発光色素を加えることで,乾電池1本相当の電圧である1.5 V以下で発光できる白色有機ELを開発した。1,2-ADN/NDI-HFの組み合わせの青色UC-OLEDに対して,まず黄色の蛍光体であるルブレンをドープした(図3(a))。このルブレンドープデバイスでは,黄色の発光が支配的となり,白色発光とはならなかった。この要因を明らかにするために時間分解蛍光測定を行ったところ,アントラセンの青色発光が生じる速さよりも,アントラセンからルブレンへエネルギーが移動する速度が十分に速いことがわかり,そのためにほとんどの発光が黄色となってしまうことがわかった。そこで,1,2-ADNの発光層に黄色発光のルブレンだけでなく,水色発光のTbPeも加えたUC-OLEDを作製した(図3(a))。このダブルドープのUC-OLEDでは,水色と黄色の発光の割合を,ドープ濃度の調整により1,2-ADNのホストからTbPeとルブレンへのエネルギー移動速度で制御することができる。そのため,TbPeの水色(470 nm付近)とルブレンの黄色(560 nm付近)の発光の混色により,UC-OLEDで白色発光を実現できた(図3(b))。このデバイスは以前に報告した超低電圧発光の青色UC-OLEDと同様に1.5 V付近の電圧から発光が認めらた(図3(c))。その結果,図3(d)のように,乾電池1本(1.5 V)をつなげるだけで白色発光を得ることができ,世界最小電圧で光る白色有機ELの開発に成功した4)

図3 (a)白色UC-OLEDで用いた分子の構造。白色UC-OLEDの(b)発光スペクトル,(c)電流−電圧−輝度特性。(d)1.5 Vの乾電池1本をつないで白色UC-OLEDを発光させた写真。文献4の図を一部改変して利用。

5. まとめと今後の展望

界面で生成するCT状態を中間体としてTTAを増感することで,超低電圧で発光する有機EL:UC-OLEDを開発してきた。種々の材料探索によって,高エネルギーの青色の低電圧発光から,深青色発光や白色発光も低電圧で実現できるようになった。青色有機ELはりん光などの他の発光メカニズムでも高効率かつ高安定性の素子を作ることは難しいため,UC-OLEDがその代替となる可能性がある。今後,青のUC-OLEDの実用化に向けては,発光効率や耐久性の向上が鍵となってくる。これらが実現できれば,UC-OLEDがディスプレイ機器の消費電力を低減できる重要な技術に発展すると考えている。さらに界面での励起状態のエネルギー移動の制御は,有機ELだけでなく有機太陽電池など他の有機光エレクトロニクスデバイスの高効率化や,新たな光機能の創出につながる基礎的にも重要な研究テーマであると考えている。

謝辞

共同研究者である富山大学の森本勝大准教授,中茂樹教授,静岡大学の藤本圭佑准教授,高橋雅樹教授,分子科学研究所の平本昌宏名誉教授,大阪大学の中山健一教授,相澤直矢助教,東京科学大学の真島豊教授,Yang Yiyan大学院生,Shui Qing-Jun大学院生,岩崎洋斗大学院生,中東大喜大学院生,に厚く御礼申し上げます。またJSTさきがけ(JPMJPR2101),JST A-STEP(JPMJTR23R8),科研費(18K14115,21H05411,22K14592,23H03978,24K01327),分子科学研究奨励森野基金,マツダ財団研究助成,花王芸術・科学財団研究助成,コニカミノルタ科学技術振興財団研究助成の支援により行われました。

参考文献
1)D. Wang, C. Cheng, T. Tsuboi, Q. Zhang, CCS Chem. 2, 1278 (2020).
2)S. Izawa, M. Morimoto, K. Fujimoto, K. Banno, Y. Majima, M. Takahashi, S. Naka, M. Hiramoto, Nat. Commun., 14, 5494 (2023).
3)Q. Shui, H. Iwasaki, D. Nakahigashi, Y. Majima, S. Izawa, Adv. Opt. Mater., in press.
4)Y. Yiyan, Q. Shui, H. Iwasaki, D. Nakahigashi, Y. Majima, K. Nakayama, N. Aizawa, S. Izawa, J. Mater. Chem. C, 13, 16963-16968 (2025).

■Development of Blue Organic Light-Emitting Diode with Extremely Low Turn-on Voltage
■Seiichiro Izawa
■Institute of Science Tokyo, Institute of Integrated Research, Materials and Structures Laboratory, Associate Professor

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