4. 超広帯域量子赤外分光システム
本研究の超広帯域量子赤外分光システムの概要図を図3(a)に,実際の実験系の写真を図3(b)に示す。本システムでは,マイケルソン型の量子干渉系を使用する。一つの非線形結晶に対して,それぞれの終点にある鏡で反射することで,ポンプ光を2回入射させた系となっている。図1(a)において,二つの非線形光学結晶の中間で系を折り畳み,その中間のそれぞれの光路に反射鏡が置かれた状態をイメージするとわかりやすい。

可視域の励起レーザー光(ポンプ光)をチャープ型擬似位相整合素子に入射すると,前節の通り,可視光子と赤外光子からなる量子もつれ光が発生する。この量子もつれ光を,波長フィルターにより赤外光子と,可視光子およびポンプ光に分離したのち,それぞれの終点にある鏡で反射させる。そして,チャープ型擬似位相整合素子に再度入射する。このとき,赤外光子側の反射鏡の位置を変化することで干渉縞が測定できる。そして,私たちが以前発案した量子フーリエ変換赤外分光法により,測定した干渉縞から赤外域のフーリエ振幅スペクトルが算出できる6)。赤外光路に配置した試料の有無による干渉信号を測定してフーリエ振幅スペクトルの信号比を計算することで,試料の赤外域の透過率スペクトルが評価できる。

図4に試料の挿入のない場合の量子干渉信号(図4(a))とフーリエ振幅スペクトル(図4(b))の結果を示す。図4(b)から,中赤外波長2−5 μmに渡る波長域(可視域の595−725 nmに相当する波長域)でフーリエ振幅が観測され,本研究で作製したチャープ型擬似位相整合素子が超広帯域量子赤外光源として動作していることがわかる。
5. 試料の透過率評価
この超広帯域量子赤外分光システムを用いてUV溶融石英ガラス,ポリスチレンフィルム,エタノールといった無機および有機のさまざまなサンプルの評価を行った。図5(a)では,UV溶融石英ガラスのサンプルの挿入の有無による量子干渉信号と,その信号のフーリエ変換後のフーリエ振幅スペクトルの結果を示す。サンプルの挿入の有無から得られたフーリエ振幅スペクトルの信号比により,赤外域の透過率を算出した。図5(b)は,UV溶融石英ガラスの透過率の結果である。同様に,ポリスチレンフィルム(図6(a)),エタノール(図6(b))も評価測定を行った。図中の実践のスペクトルが,量子赤外分光により可視光源と検出器を用いて取得した実験結果である。

UV溶融石英ガラスの結果は,このガラスの特徴である赤外波長2.7 μm帯のOH基の赤外吸収が確認できる。ポリスチレンフィルムでは,赤外波長3.2−3.6 μmの波長帯にポリスチレン中のメチル基,およびベンゼン環のC-H伸縮モードに由来する特徴的な赤外吸収を確認できる。また,エタノールが持つOH基(3.0 μm帯)やCH基(3.3−3.5 μm)の赤外吸収などそれぞれのサンプルが持つ特徴的な赤外吸収を確認できた。これらの結果は,従来のFTIR(赤点線,島津製作所:IRTRACER)の結果と良好に一致しており,超広帯域且つ高い分解能のスペクトルが得られている。
