1. はじめに
有機発光ダイオード(OLED)とは電流励起による有機分子の発光を利用する素子のことである。OLEDは軽量かつフレキシブルであるとともに,優れたエネルギー変換効率で電力を光へと変換できることから身の回りに広く普及しつつある。OLEDの発光を担う有機分子として従来の蛍光性分子(第1世代)を用いた場合,エネルギー変換効率の理論限界は25%に留まる。リン光分子(第2世代)を用いると理論限界は100%まで飛躍的に向上するが,イリジウムなど高価なレアメタルが必要になる。一方,熱活性化遅延蛍光(thermally activated delayed fluorescence, TADF)を示す有機分子を用いれば軽元素だけで100%の発光効率を実現しうる1)。そのためTADF活性な分子群は第3世代有機EL材料として注目を集めている。
大部分の有機分子が示す発光は右回りと左回りの円偏光の1:1の混ざりである。これに対し,キラルな有機分子の一部はどちらか片方の円偏光に偏った発光を示す。この性質を円偏光発光(circularly polarized luminescence, CPL)と呼ぶ。CPL活性な分子群の応用先としては,3次元ディスプレイやセキュリティプリント材料,光通信技術といった様々な次世代材料が期待されている。
上記の背景のもと,高いエネルギー変換効率で電力を円偏光に変換する材料の創出を狙い,TADFとCPLを両立する分子が近年盛んに開発されている2)。しかし,優れたCPL特性をTADFと両立することは容易ではない。CPL特性は円偏光の偏り度合いであるg値(式⑴)で評価される。この式によると,g値が最大となる条件は,遷移双極子モーメントμと磁気遷移双極子モーメントmが平行であり,かつ,両者の値が等しいときであり,その際の値は2となる。これまで,TADFとCPLを両立する分子としては,図1に示すような中心不斉や軸不斉,面性不斉を有する分子が開発されてきた。しかし,これらの分子が示すCPLのg値は最大でも2×10–3程度であり,わずかに偏った円偏光しか発することができない。g値のさらなる向上には既存の分子設計指針とは本質的に異なる新たな戦略の確立が必要である。

キラルなπ共役分子の構造的な分類の1つに8の字型がある(図2)3)。8の字型とは輪を180°ひねった構造に相当する。この際,ひねりの向きに応じてキラリティーが発現するとともに,骨格の中央部では環が立体交差する。これによりD2対称な構造が与えられる。このD2対称な構造においては,遷移双極子モーメントμと磁気遷移双極子モーメントmが並行となる。そのため,8の字型π共役分子の多くは10–2オーダーの高いg値でCPLを示す。しかし,TADF活性な8の字型分子は過去に報告されていなかった。

本研究で著者らのグループは,TADF活性な8の字型分子を初めて創出し,これが1.0×10–2という高いg値でCPLを発することを明らかにした。本稿では,まず初めにこの成果に至るまでの著者の先行研究を紹介し,その後に本成果の詳細について述べる。