3. センサの応用
フィルタフリー波長センサの応用に向けて,波長の計測,スペクトル変化の計測,吸光度計測などの手法を提案してきた。図3(a)に波長計測の概略を示す。光学フィルターなどを使用せずにセンサの電流比率(INW/IFD)を用いることで,照射する波長を推定することが可能である。応用研究として,細胞の定量が可能なマイクロフローサイトメトリーの開発と自家蛍光を放出するレジオネラ菌の同定結果を述べる。図3(b)は,スペクトル変化計測法の概略を示している。スペクトルが長い波長側に変化するとシリコン基板に吸収する光の深さは深くなるため,スペクトルの移動方向の推定が可能となる。応用研究として,局在表面プラズモン共鳴(LSPR)バイオセンサとフィルタフリー波長センサを融合した,小型ウィルス検出システムについて紹介する。図3(c)は,吸光度計測の概略を示している。吸収波長が異なる物質によって照射する光のスペクトル変化が生じるため,フィルタフリー波長センサの波長検出法により吸光度計測が可能となる。次に,植物の光合成に寄与するクロロフィル含量およびクロロフィルa/b比を計測する技術を紹介する。
3.1 マイクロフローサイトメトリー
細胞の相対情報から疾患の早期診断を目的とした様々な研究が報告されている。その中で,フローサイトメトリー技術は蛍光標識された複数種類の細胞を1列に流し,1細胞の単位で迅速に観察して細胞の定量化する手法である。しかし,蛍光を選択的に検出するため,蛍光顕微鏡と同様にフィルター,ミラー,レンズといった光学部品が多く含まれており,その取り扱いや導入が容易でないといった問題がある。そこで,PDMSマイクロ流路チップとフィルタフリー波長センサを一体化させ,光学部品を必要としないオンチップマイクロフローサイトメトリーシステムを開発した2)。図4(a)に直径30 µmの緑(λ:508 nm)と赤(λ:612 nm)色の蛍光ビーズとガラスビーズをPDMSマイクロ流路チップに導入した顕顕微鏡画像を示す。各ビーズから放出される光の計測結果を図4(b)に示す。各ビーズがセンサ上を通過すると異なる電流比率が得られ,開発した波長検出法を用いて光学部品を用いることなく3種類のビーズを識別することに成功した。
3.2 波長検出法によるレジオネラ属菌の同定
レジオネラ菌は主に温泉施設や建物の空調室外機等の循環水を利用する設備に多く生息し,飛沫やエアロゾルなどを介してレジオネラ肺炎等の重篤な細菌感染症を引き起こすため,現場での即時検査が可能なシステムが求められている。しかし,レジオネラ菌は主に蛍光顕微鏡を用いて観察しているため,即時検査には適切ではない。一方,レジオネラ属は紫外励起光の照射により菌種ごとに異なる蛍光を放出することが知られている。そこで,フィルタフリー波長センサの波長計測法を用いてレジオネラ属菌の識別をする研究を行っている3)。図5(a)にフィルタフリー波長センサとPDMS流路チップで構成された小型レジオネラ菌計測システムを示す。製作したシステムの評価は青色の蛍光を発するLegionella dumoffii,赤色の蛍光を発するLegionella erythraを用いて計測を行った。図5(b)に計測結果を示す。本研究ではレジオネラ属菌によって異なるセンサの電流比率が得られた。開発した小型システムを用いて菌種により放出する蛍光波長を計測することができ,レジオネラ菌の即時検査への応用が可能になる。
3.3 LSPRウイルス検出システム
生体内における微量な被検物質を高感度で検出するため,多様な手法を用いたバイオセンサが開発されている。その中で,局在表面プラズモン共鳴(LSPR)を応用したバイオセンサは,分子吸着による透過波長の変化を計測することで,ナノ金属構造の表面における分子吸着をリアルタイムに検出することが可能である。しかし,透過波長の計測には光学部品が集積された分光装置を用いるため,小型化かつ多項目の同時検出は困難である。そこで,図6(a)に示すようにLSPRバイオセンサとフィルタフリー波長センサを融合した小型ウイルス検出システムを開発した4)。図6(b)はSARS-CoV-2のS-protein RBDの吸着によるスペクトルと電流比率の変化を示し,透過波長が23 nm長波長側に変化することにより,センサの電流比率は0.09変化した。以上の結果により,迅速かつ小型化されたウイルス検出システムの実現が期待できる。
3.4 クロロフィル計測システム
近年,植物生体情報の計測による生育状態の診断結果に基づいて,栽培環境を制御する技術が盛んである。陸上植物のクロロフィル(Chl)には主にChl aとChl bの2種類が存在し,Chl含量から植物の生育状態を計測できる。また,Chl aとChl bの比率(Chl a/b)を測ることで生育を阻害する原因の一つである光環境を特定できるため,植物の生育状態に応じた栽培環境の制御に役立てることができる。そこで,農業現場での応用に向けた小型クロロフィル測定システムを提案・製作し,葉から抽出したChl溶液を用いて,Chl a/bの計測結果を報告してきた5)。Chl aおよびChl bはそれぞれ663 nmおよび646 nm付近の波長を吸収する特性があることに着目し,葉に660 nmの光を照射することで,Chl aおよびChl bの濃度により透過光のスペクトルが変化する。このようなブロードな波長であっても,分光スペクトルの重心の位置である重心波長を算出することで,センサ特性と関連付けることが可能である。本研究では,N, N-ジメチルホルムアミドを用いてトマトの葉からChlを抽出し,透過スペクトルとセンサ電流比率を比較した。Chl a/bの違いによる透過光の変化を図7(a)に示し,透過スペクトルの重心波長に応じたセンサ電流比率を図7(b)に示す。Chl a/bの濃度変化に対して重心波長が0.17 nm変化し,センサの電流比率は0.004が変化した。これらの実験結果から,フィルタフリー波長センサを用いることで,小型装置で植物のChl a/b計測に適用可能であると考える。