光の波長情報を検出可能なフィルタフリー波長センサの開発

1. はじめに

光計測法は,散乱,吸収,反射,屈折,透過などの光性質を用いて,対象物の物理量を高速かつ高精度で計測可能な手法として,医療,環境,化学,生物,バイオおよび農業などの分野で広く用いられている。バイオ分野においては吸光度計測,蛍光検出,分光分析法などの対象物により変化する光の波長や強度を計測することにより,疾患の予測,診断,解明などが可能となる。研究または臨床施設などでは特定の波長と光強度を計測するため,フィルターユニットまたはモノクロメーターなどの光学部品が集積された蛍光顕微鏡や分光光度計が主に使用されている。光学部品を用いた計測システムは高精度で対象物を計測することが可能だが,様々な光学部品の集積により高価かつ大規模な光計測装置になるため,その場診断などで応用するには限界があった。したがって,光学計測システムの小型化を実現することにより,Point of Care Testing(POCT)など様々な分野への応用が期待される。

近年,半導体技術により製作された受光素子を用いて,小型かつ高精度で光情報を計測可能なデバイスが報告されている。フォトダイオードまたはCMOSイメージセンサなどの受光素子上に特定の波長のみを透過可能な干渉フィルターまたは吸収フィルターを一体化することにより,特定波長の光強度を高精度でイメージング可能なRGBイメージセンサ,蛍光イメージセンサなどが開発されている。しかし,受光素子上に光学フィルターが一体化されているため,対象物の波長帯域の変化により光計測デバイスも同時に変更する必要があり,同一のデバイスで異なる波長を計測することは物理的に限界があった。一方,シリコンの吸収係数を用いることで,光学フィルターを使用せずに単一画素で複数波長を計測可能な多段p-n接合構造のFoveonセンサなどが報告されている。シリコン基板に浸透する光の吸収深さは波長に応じて異なるため,シリコン内部に形成された各接合層で発生する光電子を計測することにより,RGB波長の情報と光強度を同時に検出することが可能である。しかし,埋め込んだp-n接合層の数と深さにより検出可能な波長帯域が固定されるため,計測対象の波長変化を精密に計測することは困難である。

本研究室では,シリコンの光吸収深さの波長依存性を基に,光学部品を使用せずに単画素で波長を識別可能なフィルタフリー波長センサに関する研究を行ってきた1)。本稿では,CMOSプロセスを用いて製作したフィルタフリー波長センサによる光の波長および強度を計測する方法について紹介する。そして,フィルタフリー波長センサによる複数の蛍光検出,スペクトルシフトの計測,吸光度の測定法と応用研究の一例について述べる。

同じカテゴリの連載記事

  • 光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 東北大学 松隈 啓 2024年11月10日
  • こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 横浜国立大学 伊藤 傑 2024年10月10日
  • 光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 明治大学 小野弓絵 2024年09月10日
  • 関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 大阪大学 熊本康昭 2024年08月12日
  • 熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 大阪工業大学 加賀田翔 2024年07月10日
  • 組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 (国研)産業技術総合研究所 髙松利寛 2024年06月10日
  • 8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 名古屋大学 福井識人 2024年05月07日
  • 高出力半導体テラヘルツ信号源とその応用 東京工業大学 鈴木左文 2024年04月09日