5. おわりに
本稿では,筆者らが進めているペイント式ラマン分光顕微システムの紹介と,それを用いた神経細胞の識別と活動評価の実例を紹介した。上述したように,PRESSでは非常にわずかな細胞活動を検出できる一方,実験条件を一定にすることも必要である。そのため,本システムでは,顕微鏡に恒温チャンバーを設置し,生きた細胞を適切な温度を維持したまま正確に測定できるように整えている。また,フェノールレッドなどの色素を含まない培地を使用すれば,細胞培養の状態で清潔かつ安全に,そして簡便に評価を行うことが可能である。近年では高感度の測定を実現するために,2波長のレーザーを用いて微弱な散乱光を増強する方法(Coherent anti-Stokes Raman Scattering:CARS 12))や,金属ナノコロイドを応用することでラマン信号を増強する方法(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS 13, 14))が報告されている。さらに,2020年には合田らによりラマン画像活性細胞選抜法(Raman image-activated cell sorting,RIACS)と呼ばれる手法が提案され,液体内で細胞をフローしながら,1秒間に最大100 細胞の速度でラマン画像を取得し,所望の細胞を分取できるシステムも開発された15)。このような様々な革新的な非侵襲細胞評価技術の進展は,医療や創薬に加え,医学や薬学,生物学などの多岐にわたる学術分野での応用を促進し,疾患の診断,低コストかつ高精度な創薬スクリーニング,未知の細胞の探索などの基礎研究の推進に貢献することが期待される。
謝辞
本研究の成果は,(国研)産業技術総合研究所 木田泰之研究グループ長,髙山祐三主任研究員,森宣仁主任研究員,立命館大学 川村晃久教授の共同研究によるものである。また,本研究は,科学研究費助成事業(JP19K23613)の助成を受けて実施された。また,図の作製にはBioRender.comを使用した。関係者各位に心から感謝申し上げる。
参考文献
1) Puppels, G. J., et al. Nature 347, 301-303 (1990).
2) Zhang, H., et al. A. Biomicrofluidics 12, 024119 (2018).
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9) Downes, A. & Elfick, A. Sensors 10, 1871-1889 (2010).
10)Akagi, Y., et al., Sci Rep., 11, 8818 (2021).
11)Takayama, Y., et al., Sci Rep., 10, 9464 (2020).
12)Chung, C. Y. & Potma, E. O. Annu. Rev. Phys. Chem. 64, 77-99 (2013).
13)Kneipp, K. Phys. Today 60, 40-46 (2007).
14)Feng, S. et al. Biosens. Bioelectron. 25, 2414-2419 (2010).
15)Nitta, N., et al., Nat Commun., 11, 3452 (2020).
■Non-invasive cell diagnosis using the Paint Raman Express Spectroscopy System(PRESS)
■Yuka Akagi
■Cellular and Molecular Biotechnology Research Institute,National Institute of Advanced Industrial Science and Technology(AIST), Researcher
アカギ ユウカ
所属:(国研)産業技術総合研究所 生命工学領域 細胞分子工学研究部門 ステムセルバイオテクノロジー研究グループ 研究員
(月刊OPTRONICS 2023年11月号)
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