柔軟モノリス型多孔体「マシュマロゲル」の内部散乱を利用した光学式触覚センサー

1. はじめに

技術の発達により,産業現場のみならず大学研究室や教育現場でも手軽にロボットをもてる時代になってきている。筆者も10万円前後の中国製ロボットであるDOBOT MagicianやmyCobotを4年前から導入しはじめ,プログラミングなどの勉強を兼ねて日々の実験に用いてきている。ロボット技術の発展にはモーターやセンサー,ソフトウェア制御技術など機械工学的な要素が注目されがちだが,材料化学も大きな役割を担っている。近年フレキシブルエレクトロニクスやソフトロボティクスは材料化学の一大応用先となっており,本項で解説する光学式触覚センサーもその流れの一部といえる。

筆者の専門分野は材料合成であり,主にゾル−ゲル法1)を用いて作製するモノリス型多孔体(塊状・バルク状の多孔質材料)の研究に取り組んできた。ゾルは液体中に物質が分散し流動性をもつもの,ゲルとは液体中に物質が分散し固体状になったものであり,ゾル−ゲル法とはゾルを化学反応などで固めてゲルを形成する手法を指す。一部の湿潤ゲルは乾燥により分散構造を保ったまま液体を抜き去ることが可能で,得られた乾燥ゲルは入り組んだ微細骨格構造とその隙間にあたる多数の細孔をもつことになる。(乾燥豆腐などを想像してほしい。)ゾル−ゲル法で作製されるモノリス型多孔体は,発泡体よりも精密に骨格や細孔を形成可能である。その制御範囲はおおまかにいえば数nmから数十μmである。数百nmから単μm付近の直径をもつ骨格構造を作製した場合,その多孔体は光を強く散乱するようになる。シリコーンで作製された柔軟モノリス型多孔体は拡散反射率がかなり高いことが以前よりわかっており,光学材料としてユニークな応用ができないかと以前より考えていた。

2020年の新型コロナ禍の在宅勤務中,あまった仕事時間を利用してプログラミングと電子工作を始めた。その中で,以前より扱っていた柔軟材料をフォトリフレクタ上に載せることで触覚センサーになるのではないかと気付き,作製に成功した。ここでは柔軟モノリス型多孔体の光物性と電子工作初心者でも作製可能な触覚センサーについて解説する。

2. シリコーン組成柔軟モノリス型多孔体「マシュマロゲル」と光物性

筆者がこれまでに作製してきた代表的な材料として,比較的簡単な実験操作で作製できる柔軟モノリス型多孔体「マシュマロゲル」が挙げられる。その名の通りマシュマロのように白くて柔らかいシリコーン材料であり,これまでに分離媒体,断熱材,吸音材,液体窒素保持材,リポソーム生成キットなどの応用を示してきた2〜6)。マシュマロゲルが白い理由は,その表面において光が強い拡散反射を起こすからである。マシュマロゲルは数μmの粒子が数珠状につながった微細骨格から成っており,入射光は骨格でミー散乱を起こす(図1)。

図1 マシュマロゲルの走査型電子顕微鏡(SEM)像。スケールバーの長さは10 μm。
図1 マシュマロゲルの走査型電子顕微鏡(SEM)像。スケールバーの長さは10 μm。

高校化学の授業でもとりあげられる「コロイド」のふるまいとして「チンダル現象」が知られている。マシュマロゲルは空間中に粒状の骨格が空間中に分散した構造をもつため,強い光をあてるとその光路が散乱を起こす。マシュマロゲルを圧縮すると空間中のコロイド(粒子)が濃くなるため,光路は圧縮率に応じて暗く捉えにくくなる。このような差をフォトダイオードで検出することで,マシュマロゲルを光学部品として用いた触覚センサーを作ることができる7)

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