円偏光純度と明るさを両立させる発光式円偏光コンバータの開発

1. はじめに

円偏光は,光の強度(明るさ)や波長(色)に加えて,偏光情報(右もしくは左)を有する光である。光伝搬中に偏光面が動かない直線偏光に対して,円偏光は偏光面を回転させながら伝搬する。どの角度から観測しても変わることのない「光伝搬(時間経過)に対する偏光面の回転方向(右回転もしくは左回転)」として偏光情報を与える円偏光は,光情報の発信側と受信側の間の角度に制約が無いという特徴から,移動する物体間での光情報授受において有利とされている。また近年は,太陽電池の変換効率向上1〜3)や植物の育成速度向上4, 5)など,様々な円偏光照射効果が注目を集めている。そのため,非偏光(太陽光など)から高純度かつ高輝度の円偏光を生成する技術は,工学・光学などの材料科学分野のみならず,環境・エネルギー科学,農学など幅広い分野において,次世代光技術として期待が高まっている。しかしながら,既存の円偏光生成手法では,円偏光純度と明るさを両立させることは容易ではなく,解決し難い課題とされてきた。

一方筆者らは,既存の方法とは異なるアプローチとして,直線偏光発光(LPL)の特徴を活かした「発光式円偏光コンバータ」というコンセプトを提案し,円偏光純度と明るさを両立させる研究を進めてきた6)。ここでは,発光式円偏光コンバータの概要について,実際に作製した円偏光コンバータの一部を例に挙げて紹介する。

2. 発光式円偏光コンバータの原理

2.1 非偏光から円偏光を生成する従来技術

外部電源を使用することなく非偏光から円偏光を創り出す従来技術は,主に⑴円偏光子によるフィルター方式,⑵キラル液晶構造による選択反射方式,⑶キラル材料による円偏光発光(Circularly Polarized Luminescence:CPL)方式,の3つの基本原理に大別される。これらの基本原理をそのまま使用もしくは組み合わせて使用することで,より高輝度で,より高純度の円偏光を生成する工夫がなされてきた。円偏光の純度は,円偏光度PCP=|ILHIRH|/(ILH+IRH)により定量的に評価される。ここで,ILHIRHはそれぞれ左および右円偏光の光強度である。また,CPL方式においては,円偏光度PCPの代わりに異方性因子glum=2(ILHIRH)/(ILH+IRH)がしばしば用いられ,両者はPCP=|glum|/2の関係にある。⑴のフィルター方式は最も古典的な方式であり,直線偏光子とλ/4位相差板を貼り合わせた円偏光子により高純度円偏光(PCP>0.9)を提供できるため,光学分野において古くから使用されてきた。⑵の選択反射方式は,コガネムシの鞘翅などに見られるキラルネマチック液晶構造を巧みに活用した方法であり,この方式でも高純度円偏光(PCP>0.1)を生成することができる。

また,透過光側では,反射光側とは逆の円偏光を得られる点や,周期構造に基づく色(構造色)の角度依存性を示す点などの特徴をもつ。⑴および⑵の方式で得られる高純度円偏光は,片側の偏光を精密に吸収もしくは反射することで達成されるものである。従って,⑴および⑵の方式で得られる円偏光の光強度は,入射光の光量を100%としたとき,原理的に50%を超えることができないという制約がある。これらに対して⑶のCPL方式は,発光体の選択によって発光強度や波長の選択が可能となる。しかしながら,発光強度の指標となる量子収率(ϕ)と発光における円偏光度の指標となる異方性因子(|glum|)の間には,一般的にトレードオフの関係があることが知られている7〜9)。それゆえ,円偏光純度と明るさを両立させる円偏光生成手法の確立は,未だ解決し難い課題とされている。一方で,直線偏光発光(linearly polarized luminescence:LPL)は,発光強度と直線偏光度PLP=(I//I)/(I//+I)がそれぞれ独立パラメータであるため,偏光度と明るさの両方を高い水準で満たすことが原理的に可能であるが,この特徴を円偏光生成に活かす技術については研究が進んでいない。

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