円偏光純度と明るさを両立させる発光式円偏光コンバータの開発

3. 多層型発光式円偏光コンバータ

図4 偏光軸とfast軸のなす角と得られる偏光の関係。
図4 偏光軸とfast軸のなす角と得られる偏光の関係。

発光式円偏光コンバータは,複数のLPLフィルムを積層することによって,さらに発光機構の強みを発揮させることができる。ここでは,赤色,オレンジ色,黄色発光性の3色のLPLフィルムを積層した多層型発光式円偏光コンバータを例に挙げる。発光機構(光の足し算)の特徴を活かすことにより,単純にLPLフィルムを重ねるだけで発光ピーク数を増やすことができる。フィルムを重ねる際に,LPLフィルムの偏光軸とλ/4位相差フィルムのfast軸の角度を–45˚,0˚,+45˚に合わせると,左円偏光,直線偏光,右円偏光がそれぞれ得られる(図4)。

図5 多層型発光式円偏光コンバータの模式図。
図5 多層型発光式円偏光コンバータの模式図。

同様のことが3色全てのLPLフィルムに対して適応されるため,赤色,オレンジ色,黄色発光性の3色のLPLフィルムを積層した多層型発光式円偏光コンバータでは,3×3×3=27通りの光学情報を取りうる(図5)。

図6 多層型発光式円偏光コンバータから得られる3×3×3=27通りの光学情報。
図6 多層型発光式円偏光コンバータから得られる3×3×3=27通りの光学情報。

実際に重ね方を変えて27通りの多層型発光式円偏光コンバータを作製し,全発光,左円偏光,右円偏光スペクトルをそれぞれ測定した結果を図6に示す。点線で示した全発光スペクトル形状はどれも変わり無いが,黒および灰色実線で示す左および右円偏光成分については,27通りの光学情報(波長,光強度,偏光の組み合わせ)をとることがわかった。以上の結果より,LPLフィルムを積層するだけで,波長,光強度,偏光の組み合わせからなる光学情報を容易に多重化できることが明らかになった。これらを発展させることにより,多層型発光式円偏光コンバータをセキュリティ印刷技術として応用することも可能になるだろう。

4. おわりに

本稿では,非偏光から高い円偏光純度かつ高輝度の円偏光を創り出す新たな手法として,筆者らが考案した発光式円偏光コンバータについて紹介した。円偏光の研究において懸念されがちなLPL成分を敢えて活用することにより,キラル発光体やキラル液晶構造を用いることない,新たな発光式円偏光生成手法が成立することを示した。所望の光学特性(発光強度,スペクトル形状,偏光度,発光時間など)を得るための発光体選択の自由度が大幅に広がったことにより,円偏光照射による太陽電池の変換効率向上1〜3)や植物の育成速度向上4, 5)等の興味深い「現象」を,社会実装できる「技術」に繋げられる日が急激に近づいた。本研究がさらに発展することにより,ディスプレイやセキュリティ印刷技術などの光学分野のみならず,エネルギー・環境・食料問題などの世界的問題に対するキーテクノロジーとして,円偏光生成技術が活躍することが大いに期待できる。今後は,発光式円偏光コンバータという新たな出口を想定したことにより見えてくる学術的な問いに向き合うことで,産業応用を見据えた基礎研究を進めてゆきたいと考えている。

参考文献
1)J. Gilot, R. Abbel, G. Lakhwani, E. W. Meijer, A. P. H. J. Schenning, S. C. J. Meskers, Adv. Mater., 22, E131-E134 (2010).
2)W. Qin, H. Xu, B. Hu, ACS Photonics, 4, 2821-2827 (2017).
3)M. Wei, X. Hao, A. B. Saxena, W. Qin, S. Xie, J. Phys. Chem. C, 122, 12566-12571 (2018).
4)P. P. Shibaye, R. G. Pergolizzi, Int. J. Bot., 7, 113-117 (2011).
5)E. Lkhamkhuu, K. Zikihara, H. Katsura, S. Tokutomi, T. Hosokawa, Y. Usami, M. Ichihashi, J. Yamaguchi, K. Monde, Plant Biotechnol., 37, 57-67 (2020).
6)Y. Okazaki, M. Kimura, K. Hachiya, T. Sagawa, J. Mater. Chem. C, 2023, 11, 935-942.
7)P. M. L. Block, H. P. J. M. Dekkers, Chem. Phys. Lett., 1989, 161, 188-194.
8)Y. Nagata, T. Mori, Front. Chem., 2020, 8, 448.

9)L. Arrico, L. Di Bari, F. Zinna, Chem. -Eur. J., 2021, 27, 2920-2934.

■Development of Luminescence-based Circular Polarization Convertor for Achieving Both High Circular Polarization Degree and High Light Intensity
■Yutaka Okazaki
■Graduate School of Energy Science, Kyoto University
オカザキ ユタカ
所属:京都大学 大学院エネルギー科学研究科

(月刊OPTRONICS 2023年7月号)

このコーナーの研究は技術移転を目指すものが中心で,実用化に向けた共同研究パートナーを求めています。掲載した研究に興味があり,執筆者とコンタクトを希望される方は編集部までご連絡ください。 また,このコーナーへの掲載を希望する研究をお持ちの若手研究者注)も随時募集しております。こちらもご連絡をお待ちしております。
月刊OPTRONICS編集部メールアドレス:editor@optronics.co.jp
注)若手研究者とは概ね40歳くらいまでを想定していますが,まずはお問い合わせください。

同じカテゴリの連載記事

  • 光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 東北大学 松隈 啓 2024年11月10日
  • こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 横浜国立大学 伊藤 傑 2024年10月10日
  • 光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 明治大学 小野弓絵 2024年09月10日
  • 関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 大阪大学 熊本康昭 2024年08月12日
  • 熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 大阪工業大学 加賀田翔 2024年07月10日
  • 組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 (国研)産業技術総合研究所 髙松利寛 2024年06月10日
  • 8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 名古屋大学 福井識人 2024年05月07日
  • 高出力半導体テラヘルツ信号源とその応用 東京工業大学 鈴木左文 2024年04月09日