次に,環境の温度を320(48℃)から402K(130℃)に変化させて,熱電特性を評価した。その結果,いずれの環境温度においても,メタマテリアル素子は比較素子よりも高い出力電圧を示した。またメタマテリアル素子で発生した出力電圧(●)は環境温度が上昇するにつれて増加した。一方,比較素子で発生した出力電圧(■)は環境温度に関係なく,0V付近の出力電圧を示した。図4には,メタマテリアルの吸収スペクトルと黒体輻射スペクトルの比較を示す。プランクの法則により,環境温度が高くなるにつれ,熱輻射スペクトル強度が高くなる。従って環境温度が高いほど,メタマテリアルはより多くの熱輻射を吸収することがわかる。このことから,均一な温度分布の環境における熱電発電は,メタマテリアルの熱輻射吸収と局所的な熱発生に起因すると結論した。
3. 均一な温度分布の環境におけるメタマテリアル熱電変換素子の発電機構
メタマテリアルは周囲環境が発した熱輻射を吸収し,吸収損失としてプラズモン局所熱を発生する。この局所的な熱は,伝導熱伝搬やメタマテリアル表面からの熱放射など,いくつかの熱流束に分かれる。この伝導熱伝搬により,メタマテリアル下地の銅電極は温められ,局所的な熱は銅電極を介して熱電素子に伝搬し,熱電素子上に新たな温度勾配が形成される。この機構により均一な温度分布の環境において,熱電発電が生じたと結論した。
一方,良好な吸収体は良好な放射体であるというキルヒホッフの法則より,メタマテリアル電極における放射熱流束や放射冷却の影響についての議論は不可欠である。結論からいうと,メタマテリアル表面で生じる放射の影響は小さく,一方で伝導熱伝搬が主流な熱流束となるため,熱電変換素子上に新たな温度勾配が生じ,均一な温度分布の環境において熱電発電が生じると結論した。メタマテリアル表面での放射は確実に生じているが,使用したメタマテリアルが放射冷却を生じる大気窓外の波長域において共鳴を示すこと,またメタマテリアル電極と周囲環境の温度差が0.14Kであり,シュテファン=ボルツマン則により,放射熱流束が伝導熱流束よりも小さくなることが理由である。
本機構において伝導熱流束が主要な熱流束であるという推測は実験結果からも支持されている。熱電特性の評価実験では,環境温度が一定になった後24時間以上に渡り,メタマテリアル素子において一定の出力電圧が観測された。この結果は,メタマテリアル熱電変換において,伝導熱伝搬が支配的な熱流束であり,周囲の環境温度が一定に保たれている限りは,メタマテリアル熱電変換素子は常に一定の熱電出力を生じることを示している。前述の通り,本実験では電気炉を使って人工的に周囲温度を一定にしており,また素子で生じたキャリアはマルチメーターで捕捉していることから,当然,本素子は永久機関ではない。
4. おわりに
本研究において筆者が実施したことは,メタマテリアルを利用して熱電変換素子の両端の電極の光吸収特性を劇的に変化させたことである。つまり,電極表面にメタマテリアルを形成するAgディスクを付けるか,付けないかを制御するだけで,両端の電極の吸収特性に大きな差が生じ,それが熱電変換素子に温度勾配を誘起したといえる。
ここでは割愛するが,現時点ではメタマテリアル熱電発電素子の特性を超える他の吸収体は見つかっていない。筆者が調査した限りでは,メタマテリアルよりも広帯域で強い赤外吸収特性を持つカーボンブラックを用いても,メタマテリアル熱電変換素子の熱電特性を超えることはなかった。冒頭に述べた,メタマテリアルの光学的厚みと物理的薄さを両立する特性が,均一な温度分布の環境における熱電発電に大きく寄与していると筆者は推測しているが,詳細についてはまだ明らかになっていない。
メタマテリアル熱電変換は,メタマテリアルを利用したサーマルマネッジメント技術であると筆者は考えており,今後,熱電素子以外にもこの技術を取り入れ,新たな材料やデバイスを開発していく予定である。
Bi0.3Sb1.7Te3素子は㈱豊島製作所様より提供頂いた。本実験遂行には不可欠な素子であり,ご提供に心より感謝する。また本研究の一部はJSPS科研費(20K05261)の助成を受けて行われた。
2)R. He, G. Schierning, and K. Nielsch: Adv. Mater. Technol. 3 (4),(2018) 1700256.
3)H. A. Atwater and A. Polman: Nat. Mater. 9 (3), (2010) 205.
4)W. Kubo, M. Kondo, and K. Miwa: J. Phys. Chem. C 123 (35), (2019) 21670.
5)K. Miwa, H. Ebihara, X. Fang, and W. Kubo: Appl. Sci. 10 (8), (2020) 2681.
6)M. Horikawa, X. Fang, and W. Kubo: Appl. Phys. Express 13 (8),(2020) 082006.
7)S. Katsumata, T. Tanaka, and W. Kubo: Opt. Express 29 (11), (2021) 16396.
8)T. Asakura, T. Odaka, R. Nakayama, S. Saito, S. Katsumata, T. Tanaka, and W. Kubo, (2022), p. arXiv: 2204. 13235.
■Tokyo University of Agriculture and Technology
(月刊OPTRONICS 2022年11月号)
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